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「私がPKを決めていたら」伝説の86年W杯フランス戦、ジーコの両ヒザはボロボロだった「世界の頂点を極められなかったのは残念だが」
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byAFLO
posted2023/09/24 17:02
1986年W杯のジーコ。ファンタスティックなプレーで世界を魅了した名手とセレソンだが、W杯トロフィーには手が届かなかった
「私は、それまでのキャリアで後半途中から出場したことなどなかった。できれば先発して、膝が耐えられる限り、プレーしたかった。しかし、サンタナ監督は私を後半途中に投入すると決めていたようだった」
伝説のフランス戦とPK失敗、その真相とは
――そして、準々決勝で中盤にミシェル・プラティニ、アラン・ジレスらの名手を擁するフランスと対戦します。この試合は私もスタンドで観戦していたのですが、両チームとも高度なテクニックを発揮して積極的に攻め合う素晴らしい試合でした。
1-1の状況で迎えた後半26分、あなたがピッチに入るとスタンドは大歓声。あなたは最初のプレーで左SBブランコへ絶妙のスルーパスを送り、ブランコがフランスのGKジョエル・バツに倒されてPK。あなたがボールを持ったのですが、MFソクラテスと何やら話をしていました。
「私がボールを手にしたのは、自分が蹴るためではなかった。ソクラテスにボールを渡し、彼に蹴らせるつもりだった。彼がチームのPKキッカーだったからね。ところが、彼は『ガリーニョ、君が蹴ってくれ』と言うんだ。それで、私が蹴ることになった」
――後に、やはりこの大会に出場していたFWカレッカが、「チームの全員が、ジーコの度重なる故障との戦いと長いリハビリの日々を知っていた。だから、皆、ジーコがPKを蹴って決めてほしいと思っていた」と語っています。
「みんながそういう気持ちでいてくれたことは、本当に嬉しい。素晴らしい仲間たちだ」
――ところが、美談では終わらなかった。あなたのキックは、GKバツに阻まれてしまいます。コースはゴールのやや右で、決して悪いキックではなかったが、名手バツの反応が素晴らしかった。
「ピッチに入ったばかりで、まだ体が温まっていなかったんだろうな。もっと強く蹴るべきだった、という反省がある」
86年は4年前と別の意味で虚しさを覚えた
――結局、規定の90分間を終えて1-1の同点。延長戦に入り、両チームともチャンスを作りますが、互いのGKの好守もあって得点には至らない。PK戦に突入します。ブラジルは、最初のキッカーのソクラテスが失敗。あなたは3人目に蹴り、今度は成功させます。試合中のPKを失敗していて、不安はなかったのですか?