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江川卓のナゾ…“普通ならありえない”ストレートを受けた名捕手「本当にホップしていた」怪物が顔色を変えた“岡田彰布と原辰徳”「伝説の対戦」
text by
岡野誠Makoto Okano
photograph byJIJI PRESS
posted2023/08/28 11:03
怪物・江川卓はどんなボールを投げていたのか? 大学時代にバッテリーを組んでいた袴田英利が明かした
「慶応はこの試合に負けても、明日の4回戦に勝てばいい。さすがに江川の4連投はないから、ガラッとメンバーを替えた。主力を温存した作戦に『大学野球じゃない』と珍しくカチンときていましたね。結局、その日勝って1勝1敗1分のタイに持ち込んだ。(3連投で369球を投げた)卓は次の日投げませんでしたけど、ウチがなんとか勝ち点を奪いました」
伝説の江川vs.原辰徳
江川は試合前から相手に白旗を上げさせていた。法政は4年秋もリーグ戦を制し、江川は六大学歴代2位の通算47勝を挙げた。3年春以降の4シーズンで防御率0.73、被本塁打は1のみだった。そんな怪物を本気にさせる選手が、大学最後の明治神宮大会で現れた。3学年下の原辰徳(東海大学→巨人)である。
77年11月6日、決勝で江川と原の初対決が実現する。1年生の原は〈大学に進んだ一番の目標が江川さんに挑戦することだった〉と爽やかに話した。江川は〈明日はボクはいいですよ。ほかにもっと投手がいるじゃないですか〉と無関心を装いながらも、〈初対決は投手の方が打者より有利なんスよ〉(※3)と原への意識をのぞかせていた。
晴天に恵まれた日曜日、神宮球場には4万3000人の大観衆が集まった。江川は1打席目こそキャッチャーフライに打ち取ったが、2打席目はストレートをレフトスタンドに運ばれ、3打席目はカーブを内野安打にされた。
「最後の4打席目、卓の顔色が違いましたね。三振取りに行くんだなと思いました。3球ともカスらせないほどの見事なボールでした」
江川の殺気を感じた袴田は全てストレートのサインを出した。初球はど真ん中、2球目は外角、3球目は内角高めに決めて3球三振を奪った。完投で日本一に輝いた江川は試合後、〈最終打席の三振はねらっていた。やはり借りを返さないとね。〉(※4)と意地を窺わせた。
「あんなに手元で伸びる球は見たことがない」
「僕がプロでやっていけたのも、大学で卓のボールを受けていたからだと思います。あんなに手元で伸びる球は他に見たことがありません」
伝説は時に誇張されがちだ。しかし、袴田は選手、コーチ、スカウトとして37年間もプロ野球に関わり、数多の投手のボールを受け、間近で目撃してきた。実直な性格の捕手が江川卓の球について「160キロぐらい出ていた」「本当にホップしていた」と証言した。
この話をどう受け止めるかは、あなた次第である――。
※1 76年4月18日号/週刊ベースボール増刊
※2 77年4月10日号/週刊ベースボール増刊 一連の江川コメント
※3 77年11月6日付/日刊スポーツ。一連の江川と原のコメント
※4 77年11月7日付/日刊スポーツ