その温かさは、反対側から見れば、残酷な冷たさになる。

「スタンドに飲み込まれたんですかね」

　この試合から10年後、野村にインタビューをした。

「わかんないです。結果を見れば、そういう感じですけど」

　その時の心境をうまく説明できないほど、記憶があいまいなのか。ひょっとすると、思い出したくなかったのかもしれない。

　野村は、そう語るだけだった。

小林誠司はミットを地面に叩きつけた

　1死一、二塁で打順は1番の辻尭人に回った。左打席の辻は簡単にボールを振らない。3ボール1ストライクから直球とスライダーをファウルして粘って7球目。ひざ元に曲がってくるスライダーを見極めて四球を選んだ。1死満塁。

　広陵の内野陣がマウンドに集まる。そのもとへ、中井哲之監督は伝令を送った。

　野村も、捕手の小林誠司も、笑みを浮かべている。まだ余裕があったのか。それとも、笑顔を見せることで自分たちを落ち着けようとしていたのか。

　2番の井手和馬も左打者。辻と同じように、簡単にはバットを振らない。初球は野村のスライダーが低めに外れる。2球目は外角低めの際どいコースの直球がボールと判定された。

　野村は意外そうな表情を見せ、小林は悔しそうにミットを小さく振った。

　ボールとなるたびに、地鳴りのような声援が甲子園を揺らす。

　それでも、マウンドの野村は3球目にストライクを投げ込んだ。2球目よりも高いコースに直球を決めたのだ。4球目のスライダーも高めに投げようとしたのだろうか。すっぽ抜けてボールとなる。

　3ボール、1ストライク。野村は2球目にボールと判定された直球と、ほぼ同じコースに同じ球を投げ込んだ。

　球審の判定は「ボール」。

　2球目より、さらに驚いた表情を野村は見せた。

「見ての通りだと思います」

　試合の映像を見ながらの取材に、野村は多くを語らない。

　捕手の小林はミットを地面にたたきつけた。

「焦っていたと思う」

同志社大学と日本生命を経て、ドラフト1位で巨人に入団した小林誠司　©Kiichi Matsumoto

　こちらは同僚の取材に、心境を吐露してくれた。

「審判がボールといったらボール。最高の舞台であんな姿は……。子どもだったなあ、と反省しています」

　同志社大学と日本生命を経てプロ野球巨人に入団してプレーする中で、感情の収めどころを見つけたようだ、と同僚は感じたという。

「同じ球を投げますよ。あの球しかなかったんで」

　押し出し四球。ついに佐賀北が1点をもぎとった。1-4。

　3点差として、なお1死満塁。

　右打席に3番の副島浩史が入る。開幕試合と準々決勝で本塁打を放っている。佐賀北で最も期待が持てる強打者だ。

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