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「小4で腹筋が割れていました」世界を目指した元ヨット少女が、なぜ高校野球の顔に? ヒロド歩美アナ(31歳)の運命を変えた阪神マートン取材
posted2023/08/15 11:03
text by
沢井史Fumi Sawai
photograph by
Yuki Suenaga
スポーツ少女だった学生時代から、野球を知るきっかけとなった阪神ベンチリポーター時代、そして共演したダウンタウン浜田雅功から学んだプロの技まで、人気アナウンサーの階段を駆け上がったキャリアを振り返ってもらった。【全3回の1回目/#2、#3へ】
高校野球の夏の地方大会が始まると、ABCテレビの新人アナウンサーが近畿圏の各球場を訪れる。9年前の夏、この時も、親交のあったアナウンサーを介して1人のルーキーを紹介された。
「初めまして。よろしくお願いします」
筆者にそう頭を下げた女性は『ヒロド歩美』と名乗った。
当時はまだ少し幼さが残っていたが、どこか凛とした表情をしていたことをハッキリと記憶している。幾多のアナウンサーの中で彼女のことをすぐに覚えられたのは、その愛嬌のある表情だけでなくカタカナ表記の苗字だったことも大きかった。
「先祖をたどると漢字表記は『廣戸』。父は日系三世のオーストラリア人ですが、顔はどこから見ても“日本人”です(笑)。『ヒロド』としているのは、曽祖父がオーストラリアで羊毛会社を立ち上げた時にカナ表記に変えたことで戸籍がそのままになったと聞いています」
その名前の“効果”は就職活動にも生かされたという。
「面接のあと『あのカタカナの子さぁー』と言われていたらしいです。覚えやすいということは“強み”ですよね。街でも『あ、ヒロド歩美や!』ってフルネームで呼ばれますから」
今では子どもたちから“呼び捨て”されることもしばしば。それだけ親しみやすく、どこからでも人の懐に入っていけそうなキャラクターは昔からずっと変わらない。
甲子園の隣で生まれ育った幼少期
甲子園球場のある西宮市のお隣、兵庫県宝塚市出身。土地柄、幼い頃から“野球”に慣れ親しんできたのかと思いきや、野球の知識はゼロ。「阪神ファンでもなかった」という。
ただ、現地での観戦歴はある。小学校の高学年の頃、友だち家族同士で阪神タイガースの試合を甲子園で初観戦した。しかし、「対戦相手がどこだったかも覚えていないんです。目の前の試合より、ずっと(お菓子を)食べていました。で、ゲームボーイするみたいな(笑)」。当時はちょうど野村克也から星野仙一にバトンが渡された時代だったはず。今や阪神の取材記事にくまなく目を通すヒロドだが、そのころは誰が主力選手だったかも興味がなかった。
そんな子どもの頃のヒロドが慣れ親しんだスポーツは、野球ではなくヨットだった。小4のころ、両親に連れられて行った新西宮ヨットハーバーでのヨット体験がきっかけだった。