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「母はコカイン中毒、父は銀行強盗犯」井上尚弥と対戦、フルトンが歩んできた“最底辺スラム”からの壮絶人生「背中の傷はトラに襲われて…」
text by
万葉了Ryo Bamba
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/07/24 11:01
7月25日に井上尚弥と対戦するスティーブン・フルトン。生い立ちを探ると“どん底”からの壮絶な人生の歩みがあった
「私はただ、息子がより良い人間になるようなことを与えようとしていただけだ」
夜になれば銃声が鳴り響く。毎朝通学路で、散乱するドラッグの空き瓶に足を取られる。15歳になるまでに、5人の友人が殺された。これ以上悪くなりようがないという悪評から、いつしか「ザ・ボトム(どん底)」と呼ばれるようになった街。友人を亡くした悲しみや怒りもある。
フィラデルフィアの悪弊を打ち破ってほしい
それでも、ホプキンスを始めとする偉大なボクサーを輩出した街を背負うことが、フルトンがリングに向かう原動力にもなっているようだ。2019年、初の王座を懸けた一戦を前にこう語っている。
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「フィリー(フィラデルフィア市民)の支持を得ることは難しい、誰もがそうなりたいと思っているから。好かれるためには努力しなきゃいけないし、自分は打ち込めていると感じている。僕はフィリーから生まれた偉大な選手の一人と思われたい。今のポジションにいることに感謝している。僕は今も困難に打ち勝ち、強くなっている」
現在のフルトンのトレーナー、ワヒド・ラヒームは井上戦に向けて地元紙にこう語っている。
「スクーターは個性、才能を持っているから、もっと注目されてもいいのに。もどかしい。フィラデルフィアの人々は樽の中のカニみたいなもので、誰かが自由になろうともがいても、互いに足を引っ張り合う。フィラデルフィアはバッド・スポーツ・タウン。フィラデルフィアは自分の赤ん坊を喰らってしまう。悪意を持って、何世代も続く悪評を作り上げた。今の街のアスリートたちの扱いを見てごらん。スクーターがこの試合に勝てば、彼は壁を打ち破った国際的なスーパースターになるだろう」
スラム育ちのクールボーイは、傷と誇りを背負い、井上尚弥の挑戦を受ける。
スティーブン・フルトン(Stephen Fulton Jr.)
1994年7月17日、米ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。12歳でボクシングを始め、2013年に全米アマチュア最高峰の「ナショナル・ゴールデングローブ」で優勝。2014年10月プロデビュー。2021年1月、WBO世界スーパーバンタム級王座を獲得。同年11月にはWBC王者ブランドン・フィゲロア(アメリカ)との統一戦を制し、2団体統一に成功。169cm。成績は21戦21勝(8KO)
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