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千代の富士を知らずに角界入り…“サンクチュアリ猿谷”を演じたAmazon配達員が語る力士時代の後悔「タニマチが…当時の俺をぶん殴りたい」
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byYuki Suenaga
posted2023/06/26 11:04
力士俳優として歩み始めた今も配達業務を続ける澤田賢澄さん。『サンクチュアリ』で35kgも増量したが、「仕事で動いているので身体は軽い」
「力士は長くやればやるほど社会復帰するのが難しいと思います。部屋で年齢的に一番上に立つと、何もしなくてよくなっちゃいますしね。お金を稼ぐ大変さが分からないまま、外に出ていくことになるんです」
相撲界では毎月の給料が支払われるのは幕内、幕下以下の若い力士は場所ごとの手当などを受け取る。ただ、それでも部屋にいれば衣食住の心配はいらないし、お金に困るところはない。それどころか実際は結構な収入もあるのだという。
「何かあったらタニマチに電話したら小遣いくれますからね」
関取でなくとも、タニマチがいればそれで毎月何万円、何十万円ともらう力士もいる。その上、臨時収入のチャンスも頻繁にある。
例えば、羽振りのいいタニマチがいたとする。酒の席で「ご祝儀配るから並べ」と上機嫌で財布を取り出し、列になった力士に順番にお金を配り始める。当人は酔っぱらっていてよく分かっていないから、力士たちも何周も並び直して、何回もお札を受け取っていく。冗談のような本当の話だ。
「そうでなくても、だいたい帰りのタクシー代は1万円もらえて、部屋まで帰るのにそんなかからないですよ。だから、お釣りの7000円ぐらいが稼ぎになるんです」
それらがすべて遊ぶ金になる。
「当時の俺を殴ってやりたいですよ」
「一番調子に乗っているときは、メシ食わしてくれて、飲みに連れて行ってくれて、タクシー代だけでなく小遣いまでくれる社長がいたんですけど、誘われても『1本(1万円)だろ?行かねえ、行かねえ』って断ってました。目を覚ませ!って当時の俺を殴ってやりたいですよ。その感覚で社会に出たら絶対によくない。自分で体を動かして対価をもらって、自分で水道、ガス、光熱費を払ってこれだけしか残らないっていうのを1回味わった方がいいと思います」
あぶく銭に浮かれるだけだった力士時代とはもう違う。汗水たらして配送するうちに、やがてコロナは明け、KONISHIKIの相撲ツアーのメンバーにも加わることができた。そして何より『サンクチュアリ -聖域-』が無事に配信された。
6月、ツアーで訪れたアメリカでもサンクチュアリ効果で猿谷の知名度は抜群だった。昨秋の公演ではそうでもなかったのに、澤田はすっかり人気者になっていた。
役者としての次の仕事も決まっている。セリフもないような小さな役だというが、今度は「お相撲さんではない普通の人」を演じるのだという。
船橋の倉庫の裏でくすぶっていた男は、スポットライトの中へ新たな一歩を踏み出した。
澤田 賢澄(さわだ・けんしょう)
1986年6月23日、三重県伊賀市出身。現役時代の四股名は澤田—千代の真—千代の眞。幼少時代は妹、弟(千代の国)とともに空手で活躍(空手初段)。中学卒業後に九重部屋に入門し、2002年春場所で初土俵を踏む。2012年秋場所で引退。最高位は幕下59枚目。引退後は飲食店経営を経て、Netflixのオリジナルドラマ「サンクチュアリ -聖域-」の猿谷役で役者デビュー。178cm、130kg
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