Jをめぐる冒険BACK NUMBER
なぜ大学進学を辞めてドイツに渡ったのか…内野貴史の背中を押した“オシムの教え子”「申し訳ないと思っていたら…」〈パリ世代インタビュー〉
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byAtsushi Iio
posted2023/05/24 17:00
インタビューに応じてくれたデュッセルドルフの内野貴史
「自分に何が足りないのか。その答えを見出せないまま、大学で勉強しながらサッカーを続けて、スーッと4年間が過ぎてプロになれなかったら、後悔するだろうなって。プロになれるチャンスはこの4年間にしかないっていうときに、勉強なんかしている場合じゃない。朝練やって授業に出て、バイトして、とか考えられなくて……」
“オシム・チルドレン”の坂本に相談すると
そこで、内野はアカデミーの指導者である坂本將貴に相談を持ちかけた。
イビチャ・オシム監督に重用された“オシム・チルドレン”として知られる坂本は、2012年に現役を引退して指導者に転身すると、ジェフのアカデミーのコーチや監督を歴任してきた人物だ。
ジュニアユースとユースの6年間に、内野が1年を通して坂本に指導してもらった経験はなかったが、全体練習後の自主トレに付き合うなどして気にかけてくれる存在だった。
「サカさんに『プロの選手と俺、何が違うんですかね?』って聞いたんですよ。そうしたら『やっぱり強度じゃない?』って。戦術理解度や技術は悪くないけれど、トップの選手に本気で当たられたら、お前は勝てないって指摘されて、そうか、そこを強くすればいいのかって。そこから、海外に行くという選択肢が自分の中に生まれたんです」
もともとスペインのサッカーが大好きで、特にアンドレス・イニエスタやシャビがいた頃のバルサをよく観ていた内野である。おぼろげながら将来、スペインでプレーすることを夢見ていたこともあって、高校卒業と同時にスペインに渡る道もあるかもしれない、と思うようになる。
ところが、坂本の意見は違った。
「『強度を身につけたいんだろ? それならドイツがいいんじゃないか』って。その若さで行くなら、向こうも即戦力とは考えていない。その国のサッカーに慣れるための時間はあるはずだから、自分のネガティブな部分が特徴となっている国に行って頑張れば、自然と克服できるんじゃないかって。ドイツなら知り合いもいる、とも言ってくださって」
「大学側にも事情を説明してくれたんです」
気持ちは一気に欧州挑戦、ドイツ行きへと傾いていった。
気がかりだったのは、加入を前提として日体大サッカー部の練習に参加していたことだった。日体大は坂本の母校であり、練習参加の段取りをつけてくれたのも坂本だったのだ。
坂本の顔を潰してしまうのではないか――。
だが、そんな心配は杞憂に終わった。
「申し訳ないなって思っていたら、『俺もいいと思うぞ』って、背中を押してくれて。大学側にも事情を説明してくれたんです」