Jをめぐる冒険BACK NUMBER

なぜガンバ大阪DF半田陸は鳥栖・川井健太監督に感謝を伝えたか…「SBで勝負したい」19歳時の決断と山形時代の縁〈パリ世代インタビュー〉

posted2023/03/01 17:00

 
なぜガンバ大阪DF半田陸は鳥栖・川井健太監督に感謝を伝えたか…「SBで勝負したい」19歳時の決断と山形時代の縁〈パリ世代インタビュー〉<Number Web> photograph by Atsushi Iio

モンテディオ山形からガンバ大阪の一員となった半田陸。パナソニックスタジアム吹田を沸かすことはできるか

text by

飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

PROFILE

photograph by

Atsushi Iio

森保一監督率いるA代表とともに注目したいのは、大岩剛監督のもとでパリ五輪を目指す世代別代表だ。Jクラブや海外で研鑽を積むパリ世代の素顔を追うインタビューシリーズ、今季からガンバ大阪の一員になった半田陸に、モンテディオ山形時代を含めた指導者との出会いやサイドバックの理想像などを聞いた。(全2回の1回目/後編も)

 パナソニックスタジアム吹田に2万5000人の観客を集めて行われた2月25日のJ1リーグ第2節、ガンバ大阪×サガン鳥栖戦は1-1の痛み分けに終わった。

 試合終了後、ガンバのダニエル・ポヤトス監督と鳥栖の川井健太監督が両ベンチの間で握手し、健闘を讃え合う。

 その後しばらくして、ガンバベンチから川井監督に歩み寄っていく選手がいた。

 今季、J2のモンテディオ山形からガンバに加入した半田陸である。

 この日、右サイドバックとして先発した半田は、攻撃の組み立てに何度も関わり、90分にベンチに退いていた。

「挨拶程度というか、そんなにたくさん話したわけではないんですけど、会えて嬉しかったです」

恩師・川井監督も「再会できたのはすごく嬉しい」

 半田にとって川井監督は、恩師のひとりだ。

 山形時代、センターバックから右サイドバックへと転向した半田に、現代的なサイドバックの所作をレクチャーしたのが、当時、山形でコーチを務めていた川井監督なのだ。

「今の自分があるのは、川井さんのおかげと言っても過言ではないですね」

 そんな半田の言葉を川井監督に伝えると、「ああ、そうですか」と言ってうなずいた。

「こういう場で再会できたのは、すごく嬉しいですね。彼は当時から力がありましたから、少し寄り添って指導させてもらったという感じですね。ただ、それだけです。彼の一番の魅力はやはり、受け入れる姿勢を持っていること。もっともっと素晴らしい選手になってほしいですね」

 半田と川井監督が出会ったのは、2021年5月のことだった。

 山形を率いていた石丸清隆監督が退任し、後任には前年まで清水エスパルスの指揮官を務めたピーター・クラモフスキー監督が就任する。それに伴い、前年まで愛媛FCを率いていた川井監督がコーチとして招聘された。

 中学時代から山形のアカデミーで育った半田は、センターバックやサイドバック、ウイングバックをこなす守備のユーティリティが魅力の選手である。高校3年生となる17歳の春にプロ契約を結び、この19年シーズンに右ウイングバックとして2試合で先発している。

“射止めたはず”のCBレギュラーの座を自ら返上の理由

 キャプテンとして出場した19年のU-17W杯ブラジル大会ではセンターバックを務め、20年シーズンも主にセンターバックとして15試合に出場する。3試合連続スタメンでシーズンを終えたため、センターバックのレギュラーの座を射止めたように見えた。

 ところが、半田はその座を自ら返上するのだ。

【次ページ】 右SB転向直後、全く出番が巡ってこない時期に…

1 2 3 NEXT
#半田陸
#ガンバ大阪
#モンテディオ山形
#川井健太
#ダニエル・ポヤトス
#ピーター・クラモフスキー

サッカー日本代表の前後の記事

ページトップ