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朝まで飲んで猛打賞→優勝を決めた“近鉄の4番”…女性トラブルを乗り越えた男も“江川卓には降参”「1球もストレートを振れなかった」
text by
岡野誠Makoto Okano
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2023/02/14 11:00
「江川卓の球は凄かった」。あのオールスターで対戦した“近鉄の4番”栗橋茂が江川の衝撃を語った
ガラス扉に跳ね返された栗橋は宙を舞い、2メートル後ろの床に体を打ちつけた。
「防弾ガラスみたいなモノに猛スピードで突っ込んで行ったら、俺負けるよね。顔から血が吹き出るわ、突き指はするわ、膝は打つわ、全身が痛かった」
それでも夜の街に繰り出した栗橋は翌朝、宿舎で目覚めると驚愕する。
「鏡見たら、顔がパンパンに腫れてるんだよ。コンタクトがなかなか目に入らなくて、30分くらい掛かった。(球団の)バスは先に行っちゃったよ。球場に着いたら、俺の顔を見たマネージャーが唖然としていた。『(常に冷静沈着な)宮本武蔵の心境です』と言ったら、『味方を乱してどうすんだ、おまえ』って呆れられたよ。手の痛みも残っているし、膝もガクガク震える。試合前のフリーバッティングでバットが握れなかった」
パンパンに腫れた顔で…「4番・レフト」出場
打撃練習が難しいと判断した栗橋は定位置のレフトに赴き、風向きなどを確認していた。すると、西武のエース・東尾修が通りかかった。
「俺を見た瞬間、絶句してたよ。『おっ……どうしたんだ、クリ。どうしたんだ、クリ』って。『怒らすなよ、今日は』とだけ言っといた」
この日も栗橋は何事もなかったように、『4番・レフト』で先発出場した。なぜ、関口清治監督はスタメンから外さなかったのか。
「『いつものことだから』みたいな感じだと思うよ。自分から申告しない限り、なんとかやるんだろうと。こっちから『ガラスに思いっきり顔面ぶつけたんで外してください』とも言えないし。関口さんもなんかあったのは知ってたはずだけど」
近鉄は先発・村田辰美が初回を三者凡退で抑えると、その裏、西武の先発・松沼博久から1死一、二塁と先制のチャンスを作る。パンパンに腫れた顔を隠すため、栗橋は俯きながら打席に向かった。フルスイングすると、打球は大きく舞い上がった。
「打った瞬間、入ったと思ったよ。でも、バットをほとんど握れなかったからね。普通ならセンターバックスクリーンだけど、よくギリギリまで飛んだよ。ホント、大変な1日だった。ずーっと下向いてたもん」
瞬間風速19.4メートルの強風が吹き荒れていたため、打球は押し戻されて中飛に終わった。その後も快音は聞かれず、4打数ノーヒット。それでも、北海道では通算68打数20安打の2割9分4厘と打った。ガラス扉への顔面激突がなければ、3割を超えていただろう。札幌での思い出は尽きない。