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サッカー日本代表PRESSBACK NUMBER
泣き虫サッカー小僧がW杯へ「勇紀を象徴する写真だなあって」相馬勇紀が三菱養和で磨いた武器とは…恩師に“カタールで人生変えます”宣言
posted2022/11/21 11:03
text by
NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Kiichi Matsumoto
あいつなら何かやってくれる――その予感は現実のものになるのか。
カタールW杯を控えたサッカー日本代表は、17日に最後のテストマッチとなるカナダ戦に臨んだ。終盤に逆転されて課題を残したが、この日唯一の得点を挙げたのがMF相馬勇紀(25歳/名古屋グランパス)だった。
気づいたらあんなにすごい選手になっていた
「ここぞいう時にゴールを決めたり、チャンスを演出するのが勇紀でしたから。カタールでも何かやってくれると本気で思っています」
相馬の同級生で、現在は三菱養和サッカークラブで指導に励む篠田昂冶コーチは、カタールの地で躍動する幼馴染のイメージを膨らませていた。小学校6年生から一緒にボールを蹴りあった仲。何がすごいかは一番わかっている。
「0→100の速さだけじゃなく、100を0に戻すことができるのが強み。自分の方が“うまかった”と思いますけど(笑)、対峙しないとわからないすごさは当時からあった。気づいたらあんなにすごい選手になっていた。同期として誇らしいですね。勇紀らしく全力でプレーしてほしいです」
三菱養和サッカークラブ。Jリーグの下部組織が隆盛の今も、“個性の尊重”をモットーに多くのJリーガーを輩出し続ける街クラブの強豪だ。
「勇紀も、こんなふうによくドリブルしていました。そんな子が、W杯ですよ。すごいことです」
中学時代の相馬を指導し、現在は統括責任者を務める秋庭武彦さんは、夢中でボールを追いかける子どもたちを横目にしみじみとそう、つぶやいた。感慨深くなるのも無理はない。1975年創設という歴史ある三菱養和SCにおいても、W杯戦士の輩出は初めてのことなのだから。
最初の集合写真では端っこに座っているんですけど
相馬が三菱養和SCにやってきたのは2008年の春、小学校6年生のときだ。布田サッカークラブで抜きん出た能力を発揮してきたドリブラーは、さらなるレベルアップを誓い、小1からスクール生として在籍していた三菱養和SS(のちの三菱養和調布ジュニア)に選手登録を移した。
早生まれだったこともあり、同級生の中でも体格はひときわ小さく、足が速くても長い距離となればすぐに追いつかれてしまう。スクール生の頃から指導する大槻邦雄コーチは、そんな新顔にすぐに「10番」を与えた。