Jをめぐる冒険BACK NUMBER
川平慈英16歳 “国立ピッチ乱入→マラドーナ抱きつき伝説“がまるでドラマ「目が合った瞬間に…」60歳の野望はネトフリで世界進出?
text by
飯尾篤史Atsushi Iio
photograph byJay Kabira
posted2022/09/23 11:07
高校生だった川平少年は日本開催のワールドユースでスターになったマラドーナに魅了された。写真はプロを目指していた米大留学時代
国立競技場に5万人以上を集めて行われた決勝は、ソビエト連邦が52分に先制し、アルゼンチンがウーゴ・アルベス、ラモン・ディアスのゴールで逆転。さらに76分、マラドーナが直接フリーキックを叩き込み、3-1で初優勝を飾る……その瞬間だった。
「僕たちはバックスタンドの前のほうに陣取っていて。当時、学生がバイトでガードマンをしていたから、警備が緩かったんです。フェイントを入れて彼らの制止をすり抜けて、ピッチに飛び降りた。僕のターゲットは、もちろんマラドーナ」
川平の視線は、天を仰いで優勝の喜びに浸るマラドーナ一点に注がれていた。
「チームメイトがマラドーナに駆け寄るところに僕も突撃して。最初、マラドーナはラモン・ディアスと抱き合っていたんです。僕がたどり着いたタイミングでディアスが離れたので、マラドーナにガシッと抱きついて。たぶん6秒……いや、3秒かな(苦笑)。マラドーナと目が合った瞬間、誰だ、お前!? って顔をされて突き放された(苦笑)。覚えているのは、手を回せないくらい胸板が厚かったこと。水牛の子どもを抱いているんじゃないかっていうくらい、デカかった」
18歳のマラドーナに突き放された16歳の川平少年はそのあと、ピッチに寝そべって余韻に浸った――。
アルゼンチンに住んでいた日本人の証言
この話には後日談がある。
2015年に、ゲストとして出演したNHKの『スタジオパークからこんにちは』で川平は、この話を披露した。すると、司会の戸田恵子が「慈英さん、当時の映像がありますよ」と言って、試合映像が流された。くだんのゲームはNHKが中継していたのだ。
ところが、アルゼンチンの優勝が決まった瞬間、中継画面がピッチから放送ブースに切り替わり、アナウンサーと解説者が話す様子が流されたのだ。
「観客がなだれ込んで、まずいと思ったんでしょうね。そのあと、少しだけピッチの映像に切り替わって、ぐちゃぐちゃになっている様子が映ったんだけど、自分がどれなのか全然わからなかった。そうしたら、その後の質疑応答のコーナーで、アナウンサーの方が『貴重なファックスが届きました』と」
それは、福岡在住の高齢女性の証言だった。その女性は当時、夫とブエノスアイレスに住んでいて、テレビで試合を見ていた。アルゼンチン国内の中継ではピッチがずっと映されていて、日本の少年がマラドーナに抱きついた瞬間をたしかに見た、という内容だった。
「読み上げられた瞬間、スタジオの観覧客から『ウォー』という歓声が上がって。僕も目頭が熱くなって。だから、僕の夢はマラドーナに会って、その話をすることだったんですよ。『覚えてますか?』って。でも、20年11月に亡くなってしまった。信じられなかったです。『ニュースステーション』でも提案したんだけど、実現しなくて。天国で一緒にサッカー、やりたいですね」