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「何これ、筋肉がパサパサだ」松中信彦が“平成唯一の三冠王”になれた理由とは? “大酒呑みの九州男児”を変えた衝撃の一言
text by
永谷脩Osamu Nagatani
photograph byKYODO
posted2022/09/30 17:02
平成唯一の三冠王として、功績を称えられてきた松中信彦。その過程には知られざる苦労がある
昨年までの松中は“大酒呑みの九州男児”だった。しかし、そんな男からアルコールの匂いが消えて久しい。「酒は昨年までで一生分飲みましたから」と言って口にしなくなった。
松中は今季から新しいコンディショニングコーチを雇っている。そのコーチは「力を伝えるための背筋のパワーが、城島(健司)が立ち幅跳びだとすると、松中は走り幅跳び。助走からさらに引っ張りだせるものがある」、そんなたとえで松中の背中の筋肉の素晴らしさを表現する。
だが、昨年までの松中はその筋肉すべてを活かしていたとは言いがたい。眠っていた筋肉を蘇生させたのが、アルコール断ちだった。
トレーナーに言われた衝撃の言葉
「今年からトレーニングということをもう一度最初から考え直そう、と。トレーニング主体の体作りということを考えました。新しいトレーナーは僕の体をよく見てくれて、どこが悪いかということを言ってくれるんですが、それがよく当たる。動きを見ていて、今日はどこが悪いから打てないって、ズバリ言うんです。開幕前には“3、4、5月は打って、6、7月は落ちて、8月からまた上がる”って言われました。それがその通りだった。
トレーナーと最初に会ったときに、彼が僕の体を触って、“何、これ、筋肉がパサパサだ”って言ったんです。普通、筋肉は、スポンジが水を含んだような状態でないといけないのに、僕のは水を含んでいないスポンジだと。これはお酒の飲みすぎじゃないのか、だから怪我するんだって、いきなり言われた。初対面でそれを言われたから、僕の中でものすごくインパクトがあった。それで言われたとおりにやってみると、どんどんいい方向にいくし、体も疲れなくなる。そうなるともう信じるしかないと思うようになった。だから、黙って1年間だけはとりあえずやってみようと思った。正直、きついときもありましたけど、ひたすら、と言われたとおりのメニューをこなすようにしていました。
そうしたら、力まず素直に打球が飛んでいくようになったんです。お酒を飲むと試合の後半、どうしても集中力が切れてくる。今年はそういうのがなくて、1試合で5回、打席に立っても集中力が切れなかった。4、5打席目でも雑にならずきちんと打てたことで、打率が落ちなかった。そういうことも三冠王を獲れた理由じゃないかと思うんです。大きなものを得るためには、何かを犠牲にしないと簡単にはできないってことがよくわかりました。今では飲む場所に行っても飲みたくない。自分でも信じられないくらいですよ」
プロ8年目にして、松中は新しい自分を見つけたのだ。