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村上宗隆(22歳)はなぜ1度しか甲子園に出られなかったのか? 高校恩師が明かす原点「中3夏までムネのことはぜんぜん知らんかった」
posted2022/08/05 11:03
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph by
Sankei Shimbun
村上宗隆の5打席連続ホームラン。
本当にワクワクした。
それはスワローズのダグアウトの面々も一緒だったようだ。村上を二軍時代から預かる高津臣吾監督は、試合後にこんなことを話している。
「現実にはならないから思うのかもしれないけど、ムネと対戦したいと思った。実際に相手だったら、どういう感じでマウンドに上がるのか。マウンドから見てみたいなって」
実際に対戦しての結果は……。
「セカンドゴロ。ツーバウンドのセカンドゴロですよ(笑)」
「中3夏までぜんぜん知らんかった」
日本を代表するスラッガーへと成長した村上宗隆の原点は、九州・熊本にある。
今回のNumber1056号甲子園特集「真夏の遺伝子」で、私は村上のルーツを探りに彼の母校、熊本の九州学院へと向かった。
出迎えてくれたのは、坂井宏安前監督だ。坂井は2020年に監督を勇退し、現在は同校のいち教員として野球部の活動を外から見守っている。坂井と村上の初対面は、2014年のことだった。
「はじめてムネを見たのは、中3の夏。それまではぜんぜん知らんかった。だから、積極的な勧誘はしてないのよ。お父さんと一緒に見学に来てね。『ウチに来るんやったら、早いところ決めて連絡ばくれんね』と言ったんです。あまり引っ張ってもいいことないからね。あとで聞いたら、ムネは駐車場でお父さんに『九学でプレーしたいけど、いいかな?』と言ったらしいんです。それはですね、ウチの野球部には授業料免除とかないですし、経済的な負担を心配したんじゃないかね。お父さんも応援してくれるってことで決まったわけです。でもね、連絡がなかったです。他に行きよるのかなあと思っていたら、九学に決めてますって、第三者から聞きました(笑)」
「ムネがのびのびプレーできるよう、3年生が頑張らんね」
入学後すぐ、村上はチームの4番に座ることになるが、坂井の育成姿勢は一貫していた。