その一方、制約の多い条件下で効率重視の練習が行われていることに対し、イチローはこうも語っている。

「ムダなことができない危険はある。ムダなことから学ぶことは多い。それができないのはかわいそうでもある」

　これを尾崎監督はエールと受け取った。

「頭を使う、効率よくやる。それはいい。でも頭で考えただけで1つを選ぶんじゃなくて、5つやってみたうえで1つを選ぶ。そうすればうまくいかなかったときに2つ目の選択肢がとれる。だからムダも必要なんだ、という話をしてくださったのだと思います。『尾崎、考え方を狭めるなよ』と言われたような気がします」

國學院久我山の練習風景　©︎Kiichi Matsumoto

「悩むことはダメなことじゃない」

　もちろん、選手たちもイチローの教えに強い影響を受けた。「できているからOK」ではなく、「もっと良くするには、イチローさんに教えてもらったことをできるようになるにはどうしたらいいか」と、一つ下の地層まで掘り下げて考えるようになった。

　主将の上田太陽は「結果が出ないときは悩んで考えてしまう」と思いをぶつけた。3番打者として起用された秋の都大会で、チャンスの場面で打てない経験をしたことが背景にあった。

　イチローはあっさり「考えていいのよ」と言った。「考えて、苦しんだうえで結果を出すことでしか前に進めない」と。

　イチローでさえ迷い苦しんできたと知り、上田は勇気づけられる。さらに、この質問に対する答えは、外野手の齋藤誠賢の支えにもなった。

「悩むのはダメなことじゃなくて、いいことなんだと仰っていた。甲子園でも緊張したけど、これでいいんだってポジティブに考えることができました」

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