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《献身と感謝》「戻りたかったけどイヴァンに日本は遠すぎました…」オシムを58年間支え続けたアシマ夫人から、日本へのメッセージ
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byaflo
posted2022/05/14 17:03
2014年9月、UEFA U-21欧州選手権予選のオーストリア対ボスニア・ヘルツェゴビナ戦会場に現れたオシム夫妻
「多くの人がスタジアムに詰めかけてくれて、誰もがイヴァンの死を心から悲しんでいました。クラブの関係者や選手たち、サポーターはもちろん、そうでない人までがイヴァンを思ってくれていることがよくわかりました。彼は心から愛されていたと思います。それはボスニアや日本も同じで、イヴァンは誰にも分け隔てなく自分のすべてを与えようとしました。だからこそ、受け入れられたしリスペクトもされた。言葉も受け止められた。まるで哲学者のようだと、イヴァンの言葉に真剣に耳を傾けました」
――たしかにサッカーの枠を超えて、人間としての深みと厚さが彼にはありました。温かみも。
「それがイヴァンでした。だから誰からも愛された。日本には心から感謝しています。ジェフも試合の際に追悼セレモニーを行ったそうですし、様々なメディアがイヴァンのことを取りあげた。彼の言葉を紹介して、改めて彼を称えてくれた。今回のことばかりではありません。私たちが日本にいたときから皆さんはとても親切で、日本という国に来て本当に良かったと思っていました。イヴァンが倒れたときの処置や心遣い。グラーツに戻った後も励ましの言葉をいただいた。私たち家族が、そのことを心から喜んでおり感謝していることを、あなたには伝えてほしいのです」
――わかりました。あなたのメッセージは日本の皆さんに伝えます。
アシマ夫人の献身
イビチャ・オシムとアシマ夫人。ふたりを見て改めて思うのは、本当に仲のいい夫婦だったことである。オシムが脳梗塞で倒れる前も、ふたりは一心同体だった。アシマ夫人はサッカーに造詣が深く、筆者も仕事柄、幾人もの監督夫人と接してきたが、サッカーへの興味と愛着という点で、アシマ夫人は群を抜いている。サッカーを愛することがオシムを愛することとイコールであり、その思いはずっと変わっていないのだろうと思う。
そしてオシムの身体が不自由になってからは、まるでオシムの影であるかのように献身的に彼を支えた。誰かのサポートなしには外出もままならないオシムは、夫人にその大きな身体をゆだね、平均身長が190cmを超える巨人ばかりの家族のなかでただひとりとび抜けて小柄な夫人は、小さな身体で常にオシムに寄り添った。オシムもことあるごとに、夫人への感謝の意を口にした。
オシムと電話で話すとき、夫人からは「あまり長くならないようにしてください。長い間、受話器を耳に当てているのは脳にとって良くないですから」と言われた。オシムもそれを意識して、会話の途中で「それではまた」と話を終わらせるふりをする。私が慌てて「ちょっと待ってください。まだ終わっていません」と言うと、おもむろにまた話をし始める。いつもそんな感じで、オシムなりに夫人に気を遣っていたのだった。