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鈴木誠也21歳「歳が近いのに、化け物が…追い抜きたい」 黒田博樹が目標を授けてくれた《最強打者トラウトと背番号27秘話》
text by
前原淳Jun Maehara
photograph byGetty Images
posted2022/04/23 06:00
いきなり週間MVPに輝いた鈴木誠也。トラウトと同じ背番号27だが、そこまでには黒田博樹との秘話があった
まだぼんやりとしていた目標に、ピントを合わせてくれたのが、黒田博樹だった。
ドジャースとヤンキースでいずれも先発の柱となり、メジャーの第一線で活躍を続けた大投手。'15年シーズンに古巣に復帰してきた黒田からMLBにいる同世代の選手の名を教えられた。マイク・トラウト(エンゼルス)。当時23歳の若さでリーグMVPを受賞していたスーパースターだった。
「それまでの僕は、ただ漠然と……」
「歳が近いのに、こんな化け物みたいな選手がいるんだと衝撃だった。こういう選手にも負けたくない。追い抜きたいと思った」
遠くにあった目標が明確になり、そこまでの道程もまた、はっきりと見えた。
自分の現在地とトラウトまでの距離感を測ると、感じたのは危機感だった。
「目標に向かってプラン通りにやっていく人間と、漠然とやっていく人間とではやっぱり違う。それまでの僕は、ただ漠然とやっていただけだったのかもしれません」
それからは冬を越えるたびに体は大きくなり、スイングに力強さが増した。
「急激に(体重を)増やせばスピードは落ちるかもしれないけど、少しずつ上げていけばスピードは落ちないし、重く感じることもない」
「ジャッジは190kmを超えますからね」
打つだけでなく、守ることにも、走ることにも、すべてにこだわった。立ち止まることを知らなかった鈴木の歩みは、トラウトを知った'15年からその速度を上げた。
見ている景色が違うからこそ、持ち上げるような周囲の評価と、自己評価にはいつも大きなギャップがあった。すでに広島の4番となっていた2019年、4月3日のナゴヤドームだった。7回2死一、二塁から鈴木が捉えた打球は凄まじい衝撃音を残し、センターバックスクリーンに飛び込んだ。中日関係者によれば、打球速度は175kmに達していたという。翌日、本人にそう伝えると、驚きもせず、喜びもせず、即答した。
「アーロン・ジャッジ(ヤンキース)は190kmを超えますからね」
さらっと口にした一言に、鈴木が見ている景色の一部をのぞけた気がした。個人タイトルを獲得し、日本代表の4番となっても、常に変化を求めた。「体も毎年変わるので、それに合わせて変えていかないといけない。挑戦しないと人は変われない。失敗しないと、成功はない」と前進し続けてきたからこそ、今こうして米国の地に立てているのだろう。
会見でも表情を変えずに言葉を紡いだ。
「変化を怖がらずにここでしっかりアジャストするんだという気持ちで来ていますし、変わることへの恐怖心はまったくない。打席に立って自分が感じたことを、打席の中でしっかりやれればいいと思っています」
2015年のシーズンからしばらくの間、携帯の待受画面は、今まさに走りだそうとするトラウトの後ろ姿だった。追いかける、あの背中と同じ27番を背負い、「SUZUKI」は新たなステージへ駆け出す。あの日定めた目標にたどり着いたのではなく、ここはまだ通過点に過ぎない。
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。