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日本で“プロ野球”史上初の試合があったスタジアムはどこ? 「あの沢村栄治がボコボコに打たれた」愛知の“消えた野球場”、今は何がある?
text by
鼠入昌史Masashi Soiri
photograph byMasashi Soiri
posted2022/04/27 17:02
1936年2月9日に行われた日本の“プロ野球”チーム同士の初めての試合。その舞台になった鳴海球場、今は何がある?
あの沢村栄治がボコボコに打たれた
戦後になって1950年に西鉄は西鉄クリッパースを設立してパ・リーグに参加し、このチームがいまの西武ライオンズに続いているのだが、形としては戦前の西鉄軍とは関係がないらしい。といっても、この時期のプロ野球チームの離合集散を細かくいってもしょうがないので、西武ライオンズのルーツが金鯱軍、ということにしておいても大きな間違いでもないだろう。
巨人軍とはいささか戦力に差がありそうなメンバーではあったが、アメリカ遠征を控える巨人軍を金鯱軍は地元・鳴海球場で迎え撃った。試合を主催したのは名古屋野球倶楽部、後援には金鯱軍の親会社・名古屋新聞社が名を連ね、試合は2月9日から11日までの3連戦だ。
その初戦、記念すべき日本プロ野球最初の試合は、初回から金鯱軍が2点、2回には3点を挙げてリードを広げ、4回に3点を返されるも終盤の7・8回に5点とって引き離し、10対3で下馬評を覆す大勝を収めている。巨人軍は2回途中から沢村栄治も登板。あのレジェンド・沢村のプロチーム相手の初試合はボコボコに打たれたのである。いやはや、目下絶望の沼の奥底に沈んでいる阪神ファンの筆者にとってはなんだか胸のすく思いだ。
まあ86年も前の、それも阪神なんて何も関係ない試合で沢村栄治が打たれたことを喜んだところで今年の阪神の勝ち星が増えるわけではないのだが、ともかくプロ野球最初の試合は金鯱軍が沢村栄治を打ち崩して巨人軍から勝利を挙げている。
ただ、さすがの巨人軍。2戦目は8対3、3戦目は4対2で金鯱軍を退けて、通算2勝1敗で壮行試合を終えている。そして勇躍、海を渡ってアメリカ遠征に向かい、残された金鯱軍をはじめとする国内に生まれたプロチーム6球団でプロ野球初のリーグ戦がはじまったのである。
「ベーブ・ルースもプレー」「甲子園より大きかった」
そんな日本初のプロ野球チーム同士の戦いが行われた“聖地”鳴海球場は、いったいどんな球場だったのだろうか。