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[番記者が見た雌伏の時]奥川恭伸の覚醒前夜
posted2022/03/17 07:03
text by
横山尚杜(サンケイスポーツ)Naoto Yokoyama
photograph by
SANKEI SHIMBUN
密着取材を重ねた記者が明かす、数々の試練を克服した背番号11の知られざる歩み。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。グラブをはめた左手に何度も右拳をぶつける。散々なデビュー戦から2日経っても、まだ感情を鎮めることができなかった。宮崎・西都の室内練習場に繰り返された反響音は、奥川恭伸がめったに見せない「怒り」を表したものだった。
温厚でいつもニコニコ、愛嬌があって誰からも愛される存在。だが、プロ初登板した2020年11月10日から数日間はその怒りを消化できずにいた。ベンチに腰かけ、グラブの捕球面をたたきながら、思い出したくもない57球を振り返っていた。
デビュー戦はシーズン最終戦、神宮球場の広島戦だった。結果は3回途中被安打9、5失点。二軍戦では常時150km台を計測した直球が冴えず、3回には130km台まで落ちた。1年半前、夏の甲子園で星稜高のエースとして活躍した姿とは別人だった。翌日の新聞には辛辣な評が並んだ。
「高校時代の方がよかった」
「踏み込むステップ幅が小さい」
「身体が細い」
「球団が過保護だ」
否定的な言葉が並んだ記事を目にして、奥川は言った。
「絶対、見返します。誰からも何も言われない投手になります」
あどけない笑顔の裏にとてつもない反骨心が芽生えた瞬間だった。
'20年、奥川はヤクルトの長年の課題であった投手陣の希望の光として3球団競合の末、ドラフト1位で入団した。その完成度の高さからダルビッシュ有、田中将大と比較され、球界のエース候補と期待された。