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PL敗れる…「おい、清原も人間だったなあ」怪物から“3三振”を奪った県立校エースが怯えた空振り《仲間も知らないセンバツ秘話》
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKatsuro Okazawa/AFLO
posted2022/03/21 17:01
伊野商・渡辺智男に三振を喫して悔しがるPL学園・清原和博
渡辺はプロ1年目から3年連続で2桁勝利を挙げた。だが4年目の後半、また右肘が悲鳴をあげた。かばいながら投げると今度は腰が壊れた。それからはあがいても、あがいても勝てなかった。8年間ユニホームを着たが、輝いたのは最初の3年半。それでも、静かに鋭く伸びるストレートは今も球史の中で指折り数えられ、語られる。美しい花火のような、眩しいほどの輝きを残して短い野球人生は幕を閉じた。
あの春を共に戦った男たちはその姿に憐憫を覚えるという。
社会人・大阪ガスに進み、監督も経験した中妻はプロの世界で懸命に腕を振る渡辺を見るのが痛々しかった。
「智男はかわいそうやった。西武の黄金時代に入団して、すごい投手たちと競争していた。抜いてなんかいられなかったと思いますよ。田舎の高校で、必死になったことのない奴が初めてそういうのを経験したんちゃうかな」
現在、高知市内で活魚料理「柳憲」の大将として包丁を握っている柳野は、渡辺のボールを受けた感触を思い出すと今でもやるせない気持ちになる。
「もし智男さんがいつも全力で投げることができたら……。もっともっと凄いことになっていたと思うんですよね」
だが、仲間たちは知らない。渡辺の心があの日からどれほど晴れ渡っていたか。西武のスカウトとして各地の球場を渡り歩く今、その胸の内を明かす。
「あれは人生の最も大きな分岐点でした。あの試合があったから僕はプロになれたし、今ここにいる。それにあれほどの打者が僕のことをそんな風に言ってくれる。最高に嬉しいですよ。それで十分でしょう」
清原の言葉が胸にある。何よりあの日、未来を変えたストレートの感触が指に残っている。それが閃光のように散った渡辺智男という投手から悲しさを消してくれる。
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