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《センバツ名勝負》清原桑田のPL撃破“メガネの県立校エース”に告げられた右肘の余命「いずれ爆発すると言われていた」
posted2022/03/21 17:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Katsuro Okazawa/AFLO
準々決勝が終わった後、伊野商業高校監督・山中直人はエースの渡辺智男(とみお)を甲子園から車で20分ほどの治療院へ連れていった。翌日の準決勝はPL学園と戦うことになっていた。
ここまで3試合を完投してきた渡辺の治療を済ませ、宿まで帰るタクシーの車中、山中は年配の運転手に話しかけた。
「運転手さん、高校野球の季節やけど甲子園は興味あります?」
「わし、高校野球大好きやで」
後部座席で山中と渡辺は顔を見合わせた。
「そうですか。明日はどうなりますかね?」
笑いをこらえながら、山中が聞いた。
「そうやね。わしはこっちの出身やけどPLはあまり好きじゃないんや。でもPLで決まりやろうね。相手のピッチャーもいいらしいけど、そりゃあ無理やで」
車内が静まった。隣を見ると渡辺が仏頂面をつくっている。当時27歳の青年監督はあわてて相槌を打った。
「そうですよね……。力が違いますもんね」
1年生の夏から4番、エースとして甲子園優勝を果たした清原和博と桑田真澄が3年生になり、PL学園は今大会でも絶対的な優勝候補だった。かたや四国大会2位で初出場を果たした伊野商は地元の選手だけの県立校。運転手だけではない。マスコミや大会関係者、ファン、そして当の山中でさえもPLの勝利を疑わなかった。
「監督、なんで入口まで行かなかったんです?」
車が旅館に近づいてきた。宿の前には「高知県代表・伊野商野球部宿」と大きな看板が立っている。山中は運転手がその看板を見ると気まずいだろうと思い、随分手前でタクシーを降りた。すると渡辺がむっつりとしたまま食ってかかってきた。
「監督、なんで入口まで行かなかったんです? 行きゃあええんですよ」
その表情を見た山中は宿に戻ると、自室でPL学園のビデオを見た。やれるだけのことはやっておこう。そんな心境になった。
「映像を見てわかったのは、清原くんと桑田くんが打つとPLは力を出すということ。逆にあの2人が打てない時は他のメンバーも乗ってこない。ところが、桑田くんの攻め所はわかったんですが、清原くんには穴がなかった。智男の内角ストレートを弾き返されたら、もう終わりだな、と」