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PL敗れる…「おい、清原も人間だったなあ」怪物から“3三振”を奪った県立校エースが怯えた空振り《仲間も知らないセンバツ秘話》
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byKatsuro Okazawa/AFLO
posted2022/03/21 17:01
伊野商・渡辺智男に三振を喫して悔しがるPL学園・清原和博
番狂わせの後、甲子園は騒然としていた。伊野商の選手たちが外に出ると、自分たちのバスが多くの人に取り囲まれていた。「よくやったぞ!」という賛辞もあったが、浴びせられた多くは罵声だった。山中はバスに乗り込むとカーテンを閉めるよう選手たちに指示した。そして、ようやく出発しようとした瞬間、バスの前に1人の女性が飛び出した。泣きながら叫んでいた。
「よくも、桑田君に勝ってくれたわね!」
警備員に取り押さえられながらも、なお立ちはだかろうとするその女性の姿に山中と選手たちは自分たちが成し遂げたことの大きさを知った。バスは混乱を避けて迂回しながら、いつもは10分で着く宿に30分もかけて到着した。
もう戻ってこないと思っていた宿に着くと選手たちは自分たちが前夜1階に並べた荷物を再び2階の部屋へ持っていった。肩に感じる重みが誇らしかった。
渡辺はその夜から体調不良に陥った。かつて経験したことのない感覚だった。
「肩の感覚がないというか、自分の体じゃないみたいでした」
いかに限界を超えたところで投げていたのか。全身を包む疲労感が教えてくれた。
それは翌日、帝京との決勝戦のマウンドに立っても消えなかった。5回まで何度も得点圏に走者を背負う苦しいピッチングだった。それでも何とかしのぎ、0-0で迎えた6回の攻撃中、打席に向かおうとしていた9番打者の柳野は渡辺にこう言われたのを覚えている。
「おう。体調戻ったわ。絶対に出て俺までまわせよ。ホームラン打つから」
柳野がヒットで出ると、4番渡辺は本当に2ランを叩き込んだ。そして完封で全国の頂点に立ったのだ。
「あのシーンは忘れられません。打つと宣言して本当にホームランを打っちゃうんですから。一体、どこまでの力を持っているのか。この人こそバケモノだと思いました」
桑田でも、清原でもない。怪物は自分の目の前にいた。柳野は30年経った今でもそう思っている。
ドラ1で西武へ…桑田と投げ合った日本シリーズ
卒業後、渡辺は社会人・NTT四国を経て、88年にドラフト1位で西武ライオンズに指名された。入団直前、右肘にメスを入れた。これまで想像だにしなかったプロの世界、そこには同じ白と青のユニホームをまとった清原がいた。
ハイライトは90年、巨人との日本シリーズ第3戦。桑田と投げ合ったゲームだろう。渡辺はシリーズ初登板初完封勝利という快挙を成し遂げた。
この試合、渡辺が初回に無死一、二塁のピンチを迎えると、一塁の清原がマウンドへ歩み寄った。
「お前、なに緊張してんねん」
あの満員の甲子園で怪物を封じ込めた男がどうしたんだ。そんな意味だったのかもしれない。そう。清原は知らなかったのだ。あの日、渡辺が怯えていたことを。本当は清原の空振りが怖くて、怖くて仕方がなかったことを。
「キヨとはあの試合の話をしたことはないんですよ。でも、キヨが他の人に僕のことをどう言っているかは知っていました」
同僚となっても、なぜか2人は面と向かってあの甲子園を語ることはなかった。ただ、渡辺は知っていた。清原は伊野商に敗れた直後ベンチで号泣した。その後、PLの寮に戻って夜遅くまでバットを振った。そして後に渡辺のことをこう語っていた。
「力で抑えられたのはあの時だけ。プロで智男が敵じゃなくて本当に良かった」――。