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渡部暁斗33歳、悲願の“個人で金メダル”へ…レジェンド荻原健司から受け取ったバトン《複合新旧エース》の深い結びつき
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byJMPA
posted2022/02/14 17:00
北京五輪スキーノルディック複合で3大会連続のメダルを狙う渡部暁斗。ノーマルヒルでは7位に終わったが、15日のラージルヒルで悲願の金メダルを目指す
「暁斗は常に自分が主体。アスリートの理想でしょうね。明日何をすればいいですかなんて質問は聞いたことがない。現役で絶好調だった自分が今の時代にパッと参加しても10位に入れないと思う。それに比べて暁斗は日本人が弱かったクロスカントリーでの勝負強さもついている」
自らも個人コーチを持たなかった荻原は、指導者然とせずに程よい距離感でのサポートを続けてきた。同じ所属先だけに指導者と選手として見られがちだが、結びつきはもっと緩く、もう少し深い。
「世間は師弟関係という感じで物語を作りたがるけど、僕はそう思ってないし、健司さんもそうは思ってない」
でも、と渡部は付け加えた。
「本当に極めた人だから、ふとした瞬間にくれる『俺はこう思うな』ぐらいのアドバイスが結構効いてくる。あとは疲れているタイミングで焼肉に連れていってくれたりね(笑)。かっこよく言うならメンター、助言者。それに、なんとなく僕たちにしか分からないこともあるんじゃないか。最近はそう思いますね。健司さんは五輪で個人のメダルを獲ってない。獲りたかったものが獲れなかった経験がある。W杯で戦い続ける大変さも知っている。僕の気持ちを他の人より分かってくれるんじゃないかな」
真のキングになるために
天候に大きく左右されるスキー競技においては、シーズンを通じてのW杯総合成績が重視される側面がある。渡部は総合優勝こそ五輪金メダルに勝る最高のタイトルと公言し続け、ついには平昌五輪のあった17-18年シーズンに夢を叶えた。
ところが周囲の反応は鈍かった。五輪の金メダルはおろか銀メダルよりも。少なくとも渡部にはそう感じられた。
「世間に認められたいわけじゃないと思っていたけど、やっぱりちょっと寂しかった。納得していたはずなのに、五輪に比べるとこの程度かという悔しさがあった」
五輪での金メダルが自分にはない。そのことを強く意識するようになった。五輪の棘がいつしか渡部にもささっていた。
『北欧ではノルディック複合の王者はキング・オブ・スキーと呼ばれる』とは日本でよく言われることだが、二人とも海外でそうした風習に接した記憶はないという。ただし字義通りの意味で捉えるなら、まさにふさわしい呼び名だと渡部は考えている。
「だって僕らだけですよ。一番長いジャンプのスキーも扱えるし、一番細いクロスカントリーのスキーも扱えるのは。アルペンレーサーほど速くは滑れないけど、どんな種類のスキーでも一番乗れる自負はある。僕は誇りに思っている」
真のキングになるべく、残されたのは五輪の個人金メダル。その宿願を叶えるまで棘の痛みはまだ消えない。
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