酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
《乳児を抱く妻の姿も》“合格率5~6%”のトライアウト参加者が激減した理由と、家族席に現れた“意外な主砲”とは
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byJIJI PRESS
posted2021/12/09 11:03
新庄監督や稲葉GMらが駆け付けたことが話題になった12球団合同トライアウト。選手の方に目を移すと、また別の意味合いを持つ
筆者は2016年11月12日、甲子園で行われた12球団合同トライアウトで、ソフトバンクの新垣渚が見せた晴れやかな表情が忘れられない。
シートバッティングに登板して3人の打者を凡退に退けた新垣は、家族が見守る客席に向けて、こぼれるような笑顔を見せた。結果はどうであれ、やり切ったという満足感があふれていた。
三塁側内野席に設けられた家族席、妻と乳児
今年はコロナ禍で非公開だが、三塁側内野席に家族席が設けられていた。そういう選手のためにも、家族席は不可欠なのである。
朝、西武球場前駅で、乳児を胸に抱いたお母さんが改札を出るのを見かけた。
彼女の夫もこの日、運命の1日を迎えるのだ。おそらくまだ若い夫は、野球を続けられるかどうかの瀬戸際に立たされている。祈るような気持ちでグラウンドを見ることになるのだ。
12球団合同トライアウトは2001年に始まったが、合格率は約5~6%という狭き門。バックネット裏には、12球団のスカウトが顔をそろえたが、彼らがこの日の選手名簿に丸印をつけることは滅多にない。
トライアウトには他のカテゴリーのスカウトも顔を出す。社会人や独立リーグの関係者である。プロとアマ間での敷居の高さがなくなりつつある昨今、元プロ選手が社会人野球でプレーする事例は増えている。また独立リーグ球団にとっては、NPBでプレーした選手は大きな戦力になる上に、知名度があるから注目度アップにもつながる。
それに加えて一昨年までは、球場の周辺にはスーツ姿の男たちが集まっていた。元プロ野球選手はネットワークが広いうえに屈強で、チームワークを大事にし、リーダーシップもあるので、ビジネスマンとしても有望だとの認識がある。
だから保険会社、警備会社、メーカーなどの人事担当者が、分厚い会社案内を携えてリクルートのために集まっていた。しかし今年は非公開のため、こういう人たちは来ていない。これまでの12球団合同トライアウトは、単純な「野球の入団テスト」ではなくて、プロ野球選手という人生を歩んできた若者たちに、様々な「未来」がプレゼンテーションされる場としても機能していたのだ。
なぜ今年は「33人」しか参加しなかったのか?
今年のトライアウトはかなり異例な環境で開催された。
例年60人前後の選手が参加し、昨年も57人だったが今年は33人。ソフトバンクは参加者なし。ヤクルトは1人だけ。そして33人のうち5人は昨年以前にNPB球団を退団し、独立リーグなどに所属する「元選手」だ。今年のNPB経験者は実質28人だった。
なぜこんなに少ないのか?