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運命を分けた雨…「たった1周ですべてが一変」して初勝利を逃すも、ノリスが見せた駆け引き不要の速さ<王者ハミルトンも賞賛>
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images
posted2021/10/01 17:02
レース直後、優勝したハミルトンに健闘を讃えられるノリス(右)。ヘルメットの下の表情はいかなるものだったか
一方、トップのノリスはドライタイヤのままコースにとどまっていた。なぜなら、インターミディエイトタイヤに交換したドライバーたちよりも、その時点ではまだノリスのほうがペースが速かったからだ。さらに雨脚が急激に強くなるという情報はなく、しかもレースは残り4周。トップを走っていたノリスの「ピットインせずにステイアウトする」という判断は決して無謀な賭けでなかった。
ところがその直後、雨脚が強くなり、ドライタイヤでの走行は不可能な状況となる。コース上にとどまることができずにコースアウトしたノリスは、ついにトップの座をハミルトンに明け渡し、7位でチェッカーフラッグを受けた。優勝まで残り3周だったノリスにとっては悪夢のような結末となった。
レース後、全ドライバーが義務付けられているメディアへの取材にノリスは応じることなく、ヘルメットをかぶったまま、パドック内にある自室へ帰った。しばらくして、ようやくメディアの前に戻ってきたノリスの目は、まだ涙で濡れたままだった。
「もちろん、いまになって振り返れば、僕たちの判断は間違っていたわけだけど、あのとき僕たちは雨が強くなるなんて知らなかった。実際、ルイスがピットに入った周でさえ、コンディションはまだスリックだった。だから、あのときチームから『インターに換えたいか』って聞かれても、僕は『ノー』と言ったんだ。だって、ドライタイヤが正解だったからね。でも、たった1周ですべてが一変した……」
誰よりも速かったノリス
この日の勝利で通算100勝を達成したハミルトンは、ノリスの走りを賞賛した。
「ランドは素晴らしいレースを披露していたから、抜くのは難しかった。チャンスは彼がトラフィックに巻き込まれたり、ミスをしたときしかなかった」
そのハミルトンにピットインの指示を出したメルセデスを指揮するトト・ウォルフ代表はこう語る。
「あのような混沌とした状況で、正しい決断をすることは常に難しい。特にレースをリードしているときにはね。われわれはあのとき優勝争いもしていたが、同時にフェルスタッペンとタイトル争いもしていた。だから、われわれのほうが判断が少し楽だったかもしれない」
勝負に出て、勝利を逃したノリスを「Loser(敗者)」と呼ぶのは正しくはない。なぜなら、ノリスは雨が降り始めてもなお、タイヤ交換という駆け引きではなく、自らの速さを信じて最後まで勝ちにこだわり続けたただ一人のドライバーだったからだ。
勝利に肉薄しながら2位に終わった人のことを、われわれは「Runner-up(準優勝者)」と呼ぶ。この日のノリスに最も相応しい言葉だろう。