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北京五輪銀の塚原直貴が“教え子”のデーデー・ブルーノへ「もっとアピールしていい」「アンカーが向いている」
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byJIJI PRESS
posted2021/08/04 17:01
東京五輪のリレーメンバーとして日本代表の練習に参加したデーデー・ブルーノ
高校時代は部員が少なく、4x100mリレーのメンバーがそのまま4x400mリレーも走るような感じで、きつい思い出が多かったですが、大学に入ってからは戦う意識、覚悟、チームの一員としての戦い方などを教わりました」
翌2007年、大阪の世界陸上では100mと4x100mリレーに出場。100mは0秒01差で準決勝を逃した。
「一緒に出場した朝原宣治さんが100mの準決勝のレース前に『よく見ておけよ』と言ってレースに行かれたんです。朝原さんの存在はとても大きかったですし、その背中からたくさんのことを学びました」
1走を務めた4x100mリレーでは「小島茂之さんがサブトラックで年下の僕をケアしてくれたのを覚えています。走りたい気持ちを抑えてサポートしてくださる方々がいるわけで、若造の自分が足を引っ張るわけにはいかないと思いました」
北京五輪の年はアキレス腱痛を抱え、毎日薄氷の上を歩くような状況で練習していた。「週単位で計画を立て、できることを確認しながら過ごしました。辛い時期でした。そんな状況だったからこそ、やっと迎えた五輪は大きな冒険のようでワクワクしました」と振り返る。
北京五輪でも4x100mリレーで1走を務め、日本がこの種目で初のメダルを獲得するのに貢献した。
「陸上は個人競技ですが、代表では『和がとても大事』だと僕は思っています」
関係者、サポートに回ってくれた選手たち、すべての人の『和』で成し遂げたものと強調する。
デーデー選手への期待「選ばれたからには覚悟を」
その塚原がコーチを務める東海大学陸上部のデーデー・ブルーノが、日本選手権100mで自己ベストの10秒19、200m20秒63でともに2位に入り、リレー代表になった。初のシニア代表が五輪という大きな舞台で、本人にはまだ戸惑いもあるかもしれない。
「日本選手権の結果を踏まえたのはもちろんですが、次の世代を引っ張る選手の一人になってほしいという期待もあっての選考だと僕は思います。選ばれたからには覚悟を持ってほしいですし、若手だから、初代表だから、という遠慮はしないでほしいです」
塚原はデーデーをこう評する。