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多田修平25歳は高3まで「全国レベルで優勝できなかった」…日本選手権1位に急成長するまで“不調だった3年間”
text by
生島淳+Number編集部Jun Ikushima + Sports Graphic Number
photograph byGetty Images
posted2021/06/29 17:15
日本選手権陸上男子100mを10秒15で制し、初の五輪切符を手に入れた多田修平
「いまの自分は、お尻のあたりや、太ももまわりに筋肉がついて、ごつくなりすぎていまして(笑)。スターティングブロックの位置も試行錯誤している感じです。去年(2019年)や一昨年(2018年)と比べて、中盤の加速が良くなってきているので、自分としては上向いている感触はあります」
2020年のシーズンベストは10秒18。ライバルが次々に9秒台へと突入していくなかで、復調への足掛かりをつかみながらも、多田ひとりが取り残された形になっていた。
“2つの日本記録”、引き立て役は偶然ではない?
2021年、いよいよオリンピックイヤーを迎えた。多田としては、オリンピック参加標準記録である10秒05をマークすることが重要だったが、「春先はあまり調子が上がりませんでした」というように、そのタイムにはなかなか手が届かなかった。
4月11日 10秒49
4月29日 10秒32
5月9日 10秒24
5月16日 10秒19
参加標準記録には到達していなかったものの、徐々にタイムが上がってきたのは良化していた証拠だっただろう。
そして6月6日、布勢スプリントで10秒01をマークする。ただし、山縣亮太が9秒95の日本新記録を出したため、注目は山縣に集まった。多田は、
「この大会ではオリンピック参加標準記録の10秒05を切って優勝するのが目標だったんですが、タイムはいいとして、また自分の目の前で日本記録を出されてしまいました」
と苦笑いを浮かべていた。桐生、山縣と2度も日本記録の引き立て役になってしまったが、これは偶然ではないと思う。多田が好調で前半を引っ張ったからではなかったか?
敗れたとはいえ、このレースでの多田の走りには注目すべき点があった。
スタートから中盤への加速が滑らかになり、さらには最高速に到達する地点が以前よりも後ろになっていた。つまり、高速区間が長くなっていたのである。
おそらく、多田の走りが滑らかだったことで、山縣がいい形で引っ張られ、記録が出た面もあったと思う。
加えて、最終盤で先行する相手が視界に入ると力んでしまう傾向が強かったが、この日は最後まで力みはないように見えた。経験、あるいは自信がそうさせたのだろう。
明らかに好調。
陸上競技は自己ベストよりも、真に意味を持つのはシーズンベストであり、この時点でおよそ3週間後の日本選手権の本命は山縣、対抗は多田と予想した。
最高速に達したのは55m地点だった
そして迎えた日本選手権。予選、準決勝の2本を見る限り、多田は余裕を持っており、3着以内は堅いように見えた。
そして決勝。多田はスタートからスムースに中盤へと加速すると、9秒台の記録を持つ選手たちを引き離した。やはり、高速区間が長い。ライバルたちに背中を見せてフィニッシュラインを越えた。
初の日本選手権優勝、初のオリンピック。
多田の勝因は、日本陸連科学委員会の分析を見ると分かりやすい。