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「いまが引き際だぞ」「お金もいりません。もう1年やらせてください」“ミスター”長嶋茂雄37歳が頭を下げた夜 

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中溝康隆

中溝康隆Yasutaka Nakamizo

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posted2021/06/24 17:02

「いまが引き際だぞ」「お金もいりません。もう1年やらせてください」“ミスター”長嶋茂雄37歳が頭を下げた夜<Number Web> photograph by KYODO

並んでポーズをとる巨人の王貞治(左)と長嶋茂雄。1970年撮影

 そんな正念場の71年は禁煙して臨み、自身7本目の開幕アーチで幕開け……にもかかわらず「オレもやっと開幕戦で本塁打が打てたなあ」なんて、まったくもって謎のコメントもミスターらしい。5月25日のヤクルト戦で大卒選手として初めて通算2000安打を達成。絶好調すぎてこれから試合だというのに風呂に飛び込んだと、自著『野球は人生そのものだ』(日本経済新聞出版社)で振り返るほど充実したシーズンを過ごした。トップの王貞治に5本及ばなかったものの34本塁打を放ち、打率・320で復活の首位打者(この年のリーグ3割打者は長嶋だけ)、自身5度目のセ・リーグMVPを受賞した。阪急との日本シリーズも4勝1敗で制し前人未到のV7達成。その栄光の裏で、長嶋は現役最後になるかもしれないと思い、母をシリーズのスタンドに招待している。

「川上監督の後継者は長嶋しかいない」

 球界最高を更新する年俸4920万円に到達した72年は主将の座を王に譲り、兼任コーチとして開幕。若手時代は快足で知られた自身の脚力の衰えに愕然としながらも、5月21日の広島戦ではルーキー時代以来15年ぶりの1試合3発でバンザイ。6月22日には通算400号アーチもかっ飛ばしている。前半終了時は打率3割をキープして折り返したものの夏場に急降下。終盤は右足ふくらはぎの肉離れにも苦しみ、最終的に自己ワーストの打率・266で終えた。とはいっても、27本塁打、92打点の成績で日本シリーズでは自身25本目の本塁打を放ち、チームのV8に貢献。36歳のベテランとしては充分な数字のように思えるが、「週刊ベースボール」72年10月2日号では三ゴロと遊ゴロが急増した「長嶋茂雄は限界なのか」という特集を組むなど、周囲は常に背番号3に対して“球界の横綱”を求めた。

 すでにこの頃には、「川上哲治監督の勇退後の後継者は長嶋しかいない」という次期監督問題がマスコミを賑わす。開幕直前のオープン戦で右側頭部に死球を受けるアクシデントに襲われた73年は、5年ぶりの送りバントも記録する中、ONアベック100回目に到達。だが、「週刊ベースボール」73年8月6日号でミスターと対談したロッテ監督の金田正一が「シゲよ! もう青年監督の時代やで」なんて余計なお世話のカネヤンぶっこみをしたり、「“天下の長嶋”はついに限界なのか、スランプなのか」という切実な記事も確認できる。打率・269、20本塁打、76打点で4番の座を三冠王のビッグワンに譲るケースも増えた。

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