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「藤浪晋太郎は大丈夫でしょうか?」「最後はやっぱり本人」矢野燿大監督(阪神)がインタビューで厳しくなった瞬間
text by
金子達仁Tatsuhito Kaneko
photograph byHiroshi Nakamura
posted2021/06/18 17:02
2019年シーズンから阪神を率いる矢野燿大監督(52歳)
野村克也なら舌打ちをし、星野仙一であればベンチにある何かが壊れていたかもしれなかった。無謀と勇敢は紙一重というが、この場面で江越がやったことは間違いなく無謀、暴走だった。自分で考え、一度はなし遂げたがゆえの、過度の高揚感が溢れ出てしまったのか。とにかく、口性のない阪神ファンを激怒させるには、十分な失態だった。
「僕は野村さんにはなれないし、星野さんにもなれない」
そう言っていた矢野の表情を、テレビカメラが抜く。映っていたのは、確かに、野村や星野とは明らかに違う表情だった。
彼は、苦笑しているように見えた。
(しょうがねえなあ、このお調子モンが)とでも言いたげな、出来の悪い生徒の失敗を見守る教師のような、苦みの混じった笑みが浮かんだように見えた。
選手たちが自分で考えるスタイルは、浸透するのに時間がかかる。進化の過程では、年配の人間からすれば「考えが足りない」としか思えない選択をとる選手も現れる。
「なんでアウトになってんねん、とか言ったら、選手たちは走らない選択、失敗しない選択しかしなくなるでしょ」
数時間前、そんなことを言っていた矢野だった。そんな矢野でも、おそらくは天を仰ぎたくなったに違いない、江越の暴走だった。
だが、矢野の表情に怒りの色はなかった。ひょっとすると、一瞬は込み上げたものがあったのかもしれないが、テレビカメラが抜いた時、塁間で呆然と立ち尽くす江越が恐る恐る視線を向けたであろう時には、苦笑めいた表情で隠されていた。
絶体絶命の、危機だった
9回表、レフトの守備についた江越は、マーティンの打球を後逸し、1点差に追い上げられるきっかけを作ってしまった。走塁死のショックを払拭できていなかった、と批判されても仕方のない凡ミスだった。
江越の受けたショックは甚大なものとなり、起用した矢野ともども、怒りの集中砲火を浴びることもありえた。
前夜、昨年の開幕戦を思い起こさせる痛恨の逆転負けを喫していた阪神である。連夜の逆転を食らうようなことがあれば、昨年序盤戦の悪夢が現実的な重みを伴ってのしかかってくる。頂上だけを目指してきた登頂者が、眼下に広がる断崖絶壁に意識を持っていかれてしまう。落ちてはいけないという思いが、却って滑落を誘発する。
絶体絶命の、危機だった。