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藤井清竹くん7歳が「サッカーするためにブラジルに残りたい」と言ったら? 両親の答えは…【日本人初の名門フラメンゴ加入】
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byHiroaki Sawada
posted2021/05/05 17:04
フラメンゴの一員となった藤井清竹君。彼の挑戦を引き続き追っていきたい
カズも15歳からのブラジル挑戦だった
過去、日本人で最も若くしてブラジルのプロクラブの下部組織に入団したのは、水島武蔵だ。10歳でブラジルへ渡ってサンパウロFCの下部組織に入り、19歳でプロ契約を結んだ。ただし、ブラジルでプロとして華々しい活躍をしたわけではない。
カズこと三浦知良(現横浜FC)は、静岡学園高校を8カ月で中退して15歳でブラジルへ渡り、19歳になる直前にサントスとプロ契約を結んだ。その後、キンゼ・デ・ジャウー、マツバラ、コリチーバ、サントスなどで活躍し、1990年に帰国して日本のフットボールを大いに盛り上げた。
橋本幸一も15歳で単身ブラジルへ渡り、キンゼ・デ・ジャウーなどで活躍。名門コリンチャンスにも在籍した経験がある。
10年前後は厳しい競争が待ち続ける
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一方で清竹君は、母・裕子さんが柔道のプロコーチとしてブラジルへ渡った関係で、リオで生まれ育った。フットボールに理解のある父陽樹さんの影響でゼロ歳からボールと戯れ、3歳でフットサルを始め、強豪フットサルクラブを経て、7歳にしてブラジルの超名門クラブの下部組織に加わった。
これは、水島武蔵の10歳を上回る日本人としての最年少記録である。
これまでのところ、理想的な道を歩んでいる。ただし、大変なのはこれからだ。
今後、引き続きフットサルで技術を磨きながらフットボールの練習にも参加し、ブラジルの選りすぐりの子供たちと切磋琢磨しながら、プロ選手の道を目指すことになる。プロ契約を結ぶまでに少なくとも10年前後かかるが、実はそこからが本当の勝負で、キャリアを通じて厳しい競争に勝たなければならない。
陽樹さんは、「本人がプロ選手になりたいと言うので、可能な限り、環境を整えてやっている。ただ、プロ選手にもピンからキリまであり、ブラジル人の親のように何が何でもプロ選手になってほしいと思っているわけでもない。自分が好きなことをやってくれたらそれでいい」と語る。
裕子さんもこのように語る。