ツバメの観察日記BACK NUMBER
戦力外通告で引退・ヤクルト上田剛史が語る、ポスト青木の重圧、続く故障…「僕のことを忘れないで」
text by
長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph byJIJI PRESS
posted2020/12/31 17:05
上田剛史(左)は戦力外通告を受け、引退の道を選んだ。ヤクルト一筋、14年のプロ野球人生を語った
しかし、フェンス激突で肩を痛め
この言葉は上田の双肩にのしかかっていたプレッシャーを一気に軽くした。あとは、天賦の才を生かして全力プレーを披露するだけだ。しかし、結果的にそのチャンスをつかみ取ることができなかった。翌年に発行された『プロ野球カラー名鑑2013』(ベースボール・マガジン社)にはこんな記述がある。
「昨季開幕戦に二番センターでスタメンも、5月にフェンス激突で肩を痛め、定位置確保はならなかった」
せっかくチャンスを与えられたにもかかわらず、開幕間もない5月のゴールデンウイーク中に上田は負傷してしまったのである――。
“靱帯が切れたな、今シーズンはもう終わったな”
「確か、2012年の5月4日のことでした……」
上田は「その日」の日付を正確に記憶していた。
「あれは、宮本さんが2000本安打を打った日でした。この日、僕はフェンスに激突して肩を脱臼しました。僕は、あれがすべてだと思っていて……。“今年こそレギュラーとしてやっていくぞ”と思っていた矢先にケガをして、何カ月もリハビリをしてチャンスを逃してしまった。結局、その後もずっと大事なときにいつもケガをしていた。そして、ケガを克服して戻ってきたときには、もう別の選手が試合に出ている。そんなことの繰り返しでした……」
故障のために試合に出ることができない。自分の代わりに、ライバル選手が試合に出ている姿を見ていると、「オレは何をやっているんだ……」ともどかしさが募る日々。上田の現役生活はそんなことの繰り返しだった。
現役最後の年となった2020(令和2)年シーズンも、そんな場面があった。9月16日、神宮球場で行われた対横浜DeNAベイスターズ戦。「9回二死、あと一人抑えれば6連敗が止まる」という場面で、上田はフェンスに激突しながら左邪飛を好捕。試合に勝利したものの、宮出隆自コーチにおんぶされたままの退場劇となった。
「宮出さんにおんぶされている時点で、“靱帯が切れたな、今シーズンはもう終わったな”って思っていました。でも、あのプレーも一生懸命にボールを捕りにいった結果でした。だから、“飛びつかなきゃよかった”なんて全然思わないし、ああいうプレーをしたことで、ファンの人が“感動した”と言ってくれたから、あれはあれでよかったんだと、今でも思っています」