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「軽く投げられているのか…」ダルビッシュ有の“立ち投げ”が巨人を翻弄した日【日本シリーズの衝撃】
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byNaoya Sanuki
posted2020/11/21 06:01
2009年の日本シリーズ。巨人が先勝して迎えた第2戦のマウンドに、ダルビッシュ有は立った。ところが普段とまるで違う姿に味方までが驚き、巨人打線は困惑することになる
そうして日本シリーズ直前に、投手コーチの吉井理人を通じて「何とかいけそうです」という答えが届いたのである。
「実は私、彼がシリーズでマウンドに立つまで一切、ピッチングを見ていないんです」
CS終了後、ダルビッシュがブルペンに入る度に、吉井からは「投げますよ」と連絡がきていた。ただ、梨田はあえてブルペンに行こうとしなかった。
「私はキャッチャー出身ですし、キャンプでもブルペンにいる時間が一番長い。でも、あの時はもう見ても仕方ないと思ったんです。彼が投げられると言ってくれば、投げさせる。そこで変に情報を仕入れると、逆に判断に迷いが生じると思ったんですね」
まるで野手が打撃投手で投げているよう
その思いはシリーズ2戦目の先発を決めてからも変わらなかった。ダルビッシュがどんな状態で、どんな投球を見せるのか。梨田は何も知らないままに、先発オーダーに名前を書き込んでいたのである。
試合前のブルペン。捕手の鶴岡慎也も、ダルビッシュの投球をここで初めて見た。
「おいおい、これで本当に投げんのかよ」
それが心の声だった。
「まるで野手が打撃投手で投げているみたいだった。ムリだと思ったし、僕が言いに行った方がいいのかなとも思いました」
目の前にいるのは鶴岡が知るダルビッシュとは、全くの別の投手だったのである。
6時16分。球審の右手が上がり、バッターボックスには巨人の1番打者・坂本勇人が入る。初球は146kmのストレートが外角低めにボール。2球目の真っ直ぐがファウルとなると、ダルビッシュは3球目に109kmのスローカーブを投じた。
ネクストバッターズサークルから、それを見ていた巨人の2番打者・松本哲也は、まだこのピッチングを半信半疑の思いで観察していたという。