サムライブルーの原材料BACK NUMBER
天然氷と銀座3丁目。マリノスや水戸などで16年間プレー、“マムシ”小椋祥平はいま何を?
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byToshiya Kondo
posted2020/09/06 11:30
“マムシ”、“水戸のガットゥーゾ”などの異名を持つ「略奪系ボランチ」だった小椋氏。コロナ禍の不況にも食らいついて新たなキャリアを構築中だ。
小椋自身が考えついたアイデア。
トータルリカバリーサロン。これ、小椋自身が考えついたアイデアだという。事業家の知人の協力を得ながら店舗を探し、機器を揃えた。
最高のパワーナップ(積極的仮眠)を提供したいと医療用加圧ブーツ、体に掛けるブランケット、パワーナップ専用音楽ソフトウェア、ミストなど小椋のこだわりが随所に詰まっている。サロンには酸素カプセルも2台用意している。
コロナ禍の状況下にある現在、昨年までフットボールひと筋でやってきた人が新しい事業にチャレンジするのはかなり勇気がいるようにも感じる。
だが「コロナがあって、次のことを考えたり、勉強できたりする時間がありましたから」とマイナスには受け止めていない。
クビになるとは「まったく想定していなかった」。
あらためて引退の経緯から聞くことにした。
2019年シーズンは働きまくった。チーム最多タイとなる41試合に出場して、“略奪系ボランチ”としてチームを引っ張った。
「確か最終戦の3日前くらいだったと思います。来年の契約のことで選手が順番に呼ばれて、次に自分の番になって。それまでも試合には出ていて、プレー的にもまだまだやれると思っていたので、クビを切られるとかはまったく想定していなかったんです。
そうしたら“若返りをしなきゃいけないタイミングになる”と言われて、何か怪しくなってきたなと思っていたら、契約を更新しないと言われて……。そりゃあもう頭が真っ白になりましたよ」
心の動揺をピッチには持ち込めない。チームはJ1参入プレーオフに進出し、1回戦で徳島ヴォルティスとの対戦に。小椋は先発フル出場を果たしたものの、1-1で規定によって敗北が決まった。結果的にはヴァンフォーレでの最後の試合となってしまい、万感の思いに駆られた。
「今年でいなくなるのに、監督は先発で使ってくれましたし、何よりプレーオフで勝ち進んでJ1に行って、チームを去れたらかっこいいなと思って。いつも以上に気合いは入っていたんですけど」