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カワイイだけじゃない異色の空手家。
月井隼南はフィリピンから東京五輪へ。
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph byKushima Makoto
posted2020/07/11 19:00
一見オシャレで華奢な女性に見えるが……試合となると恐るべき気迫を見せる月井隼南。「貧困」をテーマに講演活動なども。
絶対に夢は諦めない……。
1%の可能性があるなら諦めない。
果たして月井は社会科の教員免許を取得し、関西の母校の教壇に立つ。
この頃、月井は空手の日本代表に再び返り咲いているのだが、代表選考会でじん帯を切るなど、あいかわらずケガとの闘いは続いていた。それでも、「ケガをしたからといって、オリンピックに出られないわけではない」と強気な構えを取り続けていた。
「試合は何ともない。私生活の方がよっぽど怖い」
当初は強豪国である日本で代表の座を狙っていたが、教員を続けるうちに気持ちに変化が芽生え始めた。
「自分の中で社会情勢や貧困について学んでいくうちに、自分にはフィリピンの血が流れていると感じた。その時フィリピン代表として、オリンピックを目指そうと思い立ったんですよ」
月井は生まれた時から日本国籍とともにフィリピン国籍を持っている。2017年、フィリピン代表のセレクションとして行われた国際大会に参加し見事フィリピンのナショナルチーム入りを果たした。元日本代表だった立場でフィリピン代表になることを決心した直後は、周囲からは「なぜそんな厳しい環境に移ってまで頑張るの?」という声も出た。
確かにフィリピンは日本に比べると治安の良くない国ではある。例えばフィリピンでは、普段の生活でも月井は人目につくところでは携帯電話を出さないなど、防犯の面においても細心の注意を払いながら生活していたという。
「変な動きをする人がいないか、常に周囲を観察していました。ちょっと怖いエリアは早歩きしたり、タクシーでは寝ないようにしていました」
7歳から空手衣に袖を通している月井は周囲に危機察知のレーダーを張りめぐらせることができる。
「少なくともそこは普通の女性より鍛えているんだと思う。逃げるのが一番なんですけど、ちょっとだけ余裕を持てる。正直、フィリピンにいると、試合は何ともない。私生活の方がよっぽど怖い」
運良く強盗などの被害にあったことは一度もないが、身近な場所で銃声を聞いたことはあるそうだ。
「だから、できるだけ現地に馴染めるように、トレーニングウエアなどのラフな格好をして生活しています」