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モロッコサッカーの礎、ハッサン2世。
「全体主義的サッカー」の記憶。

posted2019/11/11 11:30

 
モロッコサッカーの礎、ハッサン2世。「全体主義的サッカー」の記憶。<Number Web> photograph by L'Equipe

試合前の選手たちに1人ひとり握手をし、激励を送るハッサン2世(写真右)。モロッコがサッカー強国となる礎を築いた。

text by

クエンタン・ミュレール

クエンタン・ミュレールQueentin Muller

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L'Equipe

 サッカー好きの政治家、国家元首はたくさんいるが、モロッコ前国王のハッサン2世(1929~1999)はその代表的な存在といえる。ときにサッカーを政治的手段としても活用し、選手たちとも親密に接して、場合によってそれは近すぎることもあったが、彼の存在なくしては今日のモロッコサッカーの発展はあり得なかった。

 逝去からすでに20年が過ぎた今、クエンタン・ミュレール記者が『フランス・フットボール』誌9月24日発売号でサッカーに情熱を注ぎ続けた国王のエピソードと思い出をレポートしている。

監修:田村修一

モロッコサッカーを強権発動で育てた国王。

 モロッコ人の元サッカー選手であるサイード・ガンディにとって、前国王・ハッサン2世のエピソードは枚挙にいとまがない。

 ラジャ・カサブランカのMFであったガンディは、1966年に地元で開催されたミリタリー・ワールドカップのモロッコ代表に選出された。決勝まで順調に勝ち上がったモロッコは、初制覇を賭けてトルコと対戦した。ガンディが当時を振り返った。

「ハッサン2世はわれわれを集めて訓示を垂れると、選手1人ひとりにトルコ帝国の歴史を記した本を手渡した。彼によれば、トルコがどんな風にプレーするかを理解するために、この本をぜひ読むべきだということだった」

 決勝第1戦(註:集中開催ながら決勝は2試合で争われた)を1対2で落としたモロッコは、第2戦を1対0で勝てばタイトルを獲得できた。トップの位置に起用されたFWハマディ・ハミドゥーシは幾度となくチャンスを得たが得点には至らなかった。終了直前にも素晴らしいクロスが彼のもとに送られたが、ゴール上隅に向けて放たれた強烈なヘディングシュートはGKに止められ、試合は無得点のまま終了。トルコが世界の頂点に立ったのだった。

 ハミドゥーシが53年前を思い起こして語った。

「トルコのゴールはがら空きだったのに(GKの奇跡的なセーブで)決められなかった。翌日に国王はわれわれを招集した。私たちはお互いに身を隠すようにして縮こまっていた。彼は試合の祝福をした後で、私に向かってこう言った。『ハミドゥーシ、君はヘディングが得意だろう。あの最後の瞬間に、どうすれば良かったんだ?』と。

 私は立ちすくんだまま、この後どう糾弾されるかと慄いていた。というのもある日、試合で負けたときに『これから軍隊のパラシュート落下訓練に行ったらどうか』と彼に言われたからだ。私が何も答えられずにいると彼はこう言った。『ボールのコースを変えるだけでよかったんだ。相手のGKは乗っていたから、最後の瞬間にもあれだけのビッグプレーができた。君が軽く触れただけだったら、彼は思い切ってダイブするのを躊躇っていただろうから』と。まったくその通りだと私も思った」

【次ページ】 ベンチ内にも影響した国王の意向。

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