フランス・フットボール通信BACK NUMBER
量子力学の学者がサッカーを変える!
リバプールの頭脳“ラップトップガイズ”。
text by
ティエリー・マルシャンThierry Marchand
photograph byDavid Vintiner
posted2019/10/27 09:00
“リバプールの頭脳”イアン・グラハム。ケンブリッジ大学卒の物理学者はサッカーの戦略を変えた。
測定できる限りすべてのプレーの数値化を。
コモリが去った後も、ヘンリーは独自のアプローチを深めていった。“ラップトップガイズ”と名付けられた彼のスタッフたちは、メルウッド(リバプールの練習場)の食堂に隣接した建物の一角に立て籠もって研究に集中した。
彼らに課せられた使命をひと言に要約するのは難しい。だが敢えて言えば、選手に関して測定可能なすべてのフィジカル及びメンタルなデータの分析と、アルゴリズムを介してそれをパフォーマンスの再評価と最適化を可能にする一連のデータに変換すること、になるだろうか。
グラハムがグループのチーフであり、彼こそは2015年10月にユルゲン・クロップを監督に招聘した張本人でもあった。彼はクロップを、パスの成功率といったさして役に立たない従来のデータから、パスのインパクトや難易度、プレーへの影響度など新しい統計科学の信奉者へと改心させた。
クロップがリバプールに赴任して3週間後のある日、グラハムはラップトップを携えてクロップの仕事部屋を訪れた。彼はクロップ時代のドルトムントのすべての試合を、ビデオはまったく見ることなくデータとして蓄えていた。そのうえで彼は、それぞれの選手のタックルやシュート、パスなどのデータをもとに数学的なモデルを作りあげ、選手が異なった判断を下した際のプレーの変化を人工的に類推して見せた。
そのアルゴリズムから、そのシーズンはブンデスリーガ7位に終わったドルトムントが、次のシーズンにどうして2位に躍進できたかをクロップに示した。
選手のミスを理解し修正していくために、また選手獲得の指標として、クロップはグラハムが有する世界10万人の選手たちのデータに大きく依存するようになったのだった。
ドルトムント時代は分析スタッフ無し。
ドルトムント時代のクロップは、グラハムのような分析スタッフを置いてはいなかった。とはいえ“ジ・アイ”のニックネームを持つペーター・クラウヴィッツやオランダ人ペピン・リーンダースの分析に信頼を置いていたクロップが、グラハムの科学的分析に傾倒するまでにそう時間はかからなかった。
その結果、ラップトップガイズのサイバネティックな分析に、彼らの直感が加味されることになった。
グラハム率いるラップトップガイズには、2012年にリバプールに転職するまでエネルギー産業で能力を発揮していたティム・ワスケットと、数学の学位を持ちチェスのチャンピオンでもあるウェールズ人のデフィッド・スティールがいた。
さらにもうひとり、2018年に加わったのがハーバードで量子物理学のPHDを取得したテキサス出身のウィル・スピアーマンである。リバプール以前には「CERN(欧州原子核研究機構)」と「Hudl(ネブラスカに本拠を置く統計とビデオ分析の会社)」で働いていたスピアーマンは、主に選手のピッチ上の位置と動きの分析を担当した。