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令和に語り継ぐ、J平成名勝負(3)
~1999年CS:清水vs.磐田~

posted2019/05/07 11:30

 
令和に語り継ぐ、J平成名勝負(3)~1999年CS:清水vs.磐田~<Number Web> photograph by Getty Images

清水の象徴だった澤登正朗(右)に、磐田の有望株として台頭してきた高原直泰。静岡ダービーは熱く燃えていた。

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飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

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「令和」の世の中で、Jリーグは相変わらず熱戦の連続である。ただ時代は変わっても「平成」の語り継ぎたい伝説も数多い。そんな記憶に残る名勝負を北條聡氏と飯尾篤史氏の2人に回顧してもらった。今回は1999年Jリーグチャンピオンシップ、清水エスパルスvs.ジュビロ磐田だ。

 元プロサッカー選手のウィルソン・ドス・サントスはこの日、初めて日本平スタジアムを訪れ、愛息のプレーを見守っていた。

 最高のシーズンを締めくくる重要な一戦に、息子が父をブラジルから招待したのである。ところが、最愛の父の来日に気負ったのか、封じ込まれた第1戦のリベンジの気持ちが強すぎたのか、この年の年間MVPを受賞する若者のプレーは空回り気味で、張りめぐらされた包囲網を突破できずにいた。

 そして、厳しいマークに遭ってピッチに這わされた瞬間、溜め込んでいたストレスを爆発させてしまい……。

磐田はアレックスを止められるか。

 1999年シーズンのチャンピオンシップは、ジュビロ磐田と清水エスパルスによる静岡ダービーが実現した。

 3年連続チャンピオンシップ出場となる磐田はファーストステージを制したものの、夏にベネツィアに旅立った名波浩の穴が大きく、セカンドステージは12位に沈んだ。

 一方の清水はファーストステージ3位、セカンドステージ優勝と、1年を通して安定した強さを誇っていた。その原動力となったのが、左アウトサイドのアレックス――のちの三都主アレサンドロである。

 ドレッドヘアをなびかせ、ジャックナイフのような切れ味でサイドを切り裂くアレックスのドリブルは、リーグ随一だった。それゆえ、サッカー王国のプライドを懸けた2連戦の焦点は、以下に集約することができた。

 磐田はアレックスを止めることができるか――。

 そのミッションを、磐田は第1戦でまんまと遂行してみせる。カギを握ったのは、その年9月に清水から磐田へ、禁断の移籍を果たした安藤正裕だった。

【次ページ】 中山の2ゴールで第1戦を制す。

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