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“仙台のヘリコプター”中原貴之、
ユアスタの伝説と手を抜かない姿勢。
posted2019/05/06 17:00
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph by
J.LEAGUE
かつて杜の都には「最強のジョーカー」がいた。中原貴之。ベガルタ仙台の平成史に、この名前はしっかりと刻み込まれているはずだ。令和元年のちょうど10年前。仙台は7年ぶりのJ1復帰を目指し、J2を戦っていた。
平成21年(2009年)のユアテックスタジアム仙台に詰めかけていた観客は、後半15分も過ぎた辺りからいつもそわそわしていた。そして、お待ちかねの背番号9がタッチライン沿いに姿を現すと、ボルテージが一気に上がり、あらんかぎりの声量で大きな歌を響かせた。
「解き放て~、ナカハラ~、ゴール。俺たちの、ナカハラ~、野獣を野に放て~」
誰よりも跳び、空にとどまった中原。
盛り上がっていたのは、ファン・サポーターだけではない。本人のテンションも上がっていた。心のスイッチが入り、自然と力がみなぎってきたという。昨季限りで、JFLのラインメール青森にて静かにスパイクを脱いだ34歳の元ストライカーは、昨日のことのようにあの頃を振り返る。
「なんで野獣と呼ばれていたのかは分からないですが、あの歌が聞こえてくると、気持ちが入りましたね。僕への期待感が伝わってきて、絶対に点を取ってやるぞっていう思いになったんです。特に'09年の雰囲気はすごかった。僕が試合で点を取れば、さらに会場は盛り上がりましたし、僕の気持ちもさらにぐっと上がりました。選手とサポーターの気持ちが合致していたのかな」
'09年は途中出場33試合(先発を含めると36試合)だけで、10ゴールをマーク。誰よりも高く跳び、誰よりも空に長くとどまることができた。空中戦では無双だった。
同年7月22日の第29節・湘南ベルマーレ戦での2ゴールは、ユアスタの伝説となっている。0-1の後半17分からピッチに入り、驚異のジャンプヘッド2発で試合をひっくり返した。