今までにないイレ込みが。

　その日、美浦トレセンにいた私は、北村宏司騎手が次のように嘆いた場面に立ち会った。

「僕の乗るプリモシーンが少し前に追い切りを終わらせました。良い動きをしてくれたので『これはもしかしたら一発があるか?!』って色気を持ったのですが、その直後のアーモンドアイの追い切りを見たら嫌になってしまいました」

　競馬なので勿論ギブアップをしたわけではないが、彼の表情があきれ顔に変わったのを私は見逃さなかった。

　3冠の懸かった当日は、「装鞍所でテンションが上がった」と国枝師は言う。

「久しぶりの競馬のせいか、装鞍所で今までにないくらいイレ込んでしまいました。この時はさすがに『ヤバいかな……』と感じました」

ルメールが鞍上で感じたこと。

　海外では、装鞍所を一般のファンも見られるようになっている競馬場が実に多い。もし、京都競馬場もそうだったら、オッズが跳ね上がったのでは？　と思えるほど、牝馬3冠に王手をかけた彼女のテンションは上がったようだ。しかし、国枝師の不安のむらくもを吹き払ったのは、またしてもアーモンドアイ自身だった。

「あれだけイレ込んだのにパドックでは落ち着いて歩いてくれていました。『これなら大丈夫かな』って改めて思えました」

　馬場入場時も少々うるさい姿勢は見せたものの、そこは昨年のリーディングジョッキーが上手に対処して、レースへ向かった。

　肝心のレースでは、アーモンドアイの前を行く馬がなかなかペースを上げず、動くに動けない位置となったため、先頭集団との差が開いたまま。勝負どころにさしかかっても、その差を詰められなかった時は、ファンの間から「大丈夫か!?」という声が上がった。鞍上の心境としても「ヤバいかな!?」と思ったと、ルメール騎手は吐露し、更に続けた。

「前にいた馬に『もっと追いかけてください』って言いたかったです。少しずつ差を詰めて直線に向きたかったけど、それができなかったから、直線に入った時には先頭との差がまだ大分ありました。一瞬、『届くのかな？』って不安になりました」

【次ページ】　国枝師は泰然自若としていた。