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元J守護神・榎本達也が驚きの決断。
なぜブラインドサッカーに転向?
text by
朴鐘泰Park Jong Tae
photograph byShiro Miyake
posted2018/07/30 08:00
横浜FMやFC東京などでゴールマウスを守った実績は伊達ではない。榎本達也が日本のブラインドサッカー躍進のキーマンとなる。
「まあ、1回練習来てもらって」
ふと話題は直近に行なわれたクラブW杯に及んだ。決勝でレアル・マドリー相手に鹿島アントラーズの柴崎岳が挙げた2ゴールが話題を呼んだ大会である。そこで、ふたりはレアルGKケイロル・ナバスの失点ケースを分析した。
ちなみに高田は監督就任前は代表チームのGKコーチだった。微に入り細に入り、GK論を大いに語り合った。どうやらGKという人種は話し好きが多いらしい。散会した時には4時間が過ぎていた。それでも、榎本は翻意しなかった。やっぱり俺には無理だよ、と。
年が明けて、FC東京普及部コーチとして新しい生活が始まった。早朝に起床することもあれば、帰宅が日付が変わる間際になることもある。多忙な日々を過ごしながらも、榎本は高田の言葉を反芻していた。
「まあ、1回練習見に来てもらって、選手たちとメシでも食おうよ」
Jクラブに「榎本ってどんなやつ?」
最初に高田が指定した日時は、ちょうど完全オフと決めていた時期だった。20年間Jリーガーとして生きてきて、一度しっかり休んで心と体をリフレッシュしたい。長年サポートしてくれた家族との時間も大切にしたい。だから、丁重に断った。
「まあ、これもひとつの出会い。出会いは運だからね」
確かに一理ある。もしこの監督やコーチと出会うのが早ければ、自分はもっと上手くなれたはず。もしこの選手と出会ってなければ、今の自分はない。現役中、そう思うことが多々あった。もし引退が1年早かったら、もう1年現役を続けていたら、この話はなかった。自分の人間性や性格も見越してのオファーだったのだろう。
なお、高田は榎本と会う前に、FC東京はもちろん、横浜F・マリノス、ヴィッセル神戸など、彼が在籍したクラブの関係者に「榎本ってどんなやつ?」と下調べしている。ネガティブなことをいう人間は、誰ひとりいなかった。