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元J守護神・榎本達也が驚きの決断。
なぜブラインドサッカーに転向? 

text by

朴鐘泰

朴鐘泰Park Jong Tae

PROFILE

photograph byShiro Miyake

posted2018/07/30 08:00

元J守護神・榎本達也が驚きの決断。なぜブラインドサッカーに転向?<Number Web> photograph by Shiro Miyake

横浜FMやFC東京などでゴールマウスを守った実績は伊達ではない。榎本達也が日本のブラインドサッカー躍進のキーマンとなる。

子どもへの言葉で気付いたこと。

 2017年2月某日。日本代表の合宿所に、榎本が現れた。ただし、ブラサカ転向を決めたわけではない。呼ばれたから来た。とりあえずやってみる。予習は何もしていない。その程度だった。

 37歳にしてふれる、はじめてのブラインドサッカー。榎本はこう述懐する。

「単純に楽しかった。なんて言ったらいいのかな。休み時間に野球やった、ドッジボールやったっていう感覚と似てる。新しいスポーツをやって、すごく楽しかったという単純な喜びですかね」

 榎本は選手たちと同じホテルに泊まって、合宿所をあとにした。まだ心は決めていない。コーチに戻った榎本は、サッカーが大好きでたまらない子どもたちと日々接する。そして、子どもたちに語りかけている最も大事な言葉によって、自分の言行不一致に気付いてしまった。

 いいかい、常にチャレンジしよう。そこで成功するか、失敗するか。成功も失敗もなかったら、何もわからない。いつまで経ってもできないままだよね。だからチャレンジしような。失敗なんていくらしてもいい。常にチャレンジしてごらん――。

 腹は括った。2017年4月、榎本はブラサカ日本代表の強化指定選手となった。

FC東京、明大、ブラインドサッカー。

 榎本は今、三足の草鞋を履いている。FC東京普及部コーチ、明治大学サッカー部GKコーチ、そして、ブラインドサッカー日本代表。

「体、持つの?」

 ブラサカ挑戦を決めた時、妻から言われた。確かにキツい。それでも榎本は、新しい世界に身を投じたことで起きた変化を、嬉しく思っている。

 代表チームは自分を快く迎えてくれたものの、残念ながら結果は芳しくない。昨年12月のアジア選手権は過去最低の5位に甘んじた。加入から8カ月間、榎本には問題点のひとつが見えていた。そしてチーム全員の前ではっきりと指摘した。

 議論不足。言うべきことを、なぜ言わない? それって甘えじゃない? 20年プロでやってきたからそう言うんでしょ、って言うんだったら、俺が辞めてやる。

【次ページ】 選手同士の忌憚なき議論があってこそ。

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