球体とリズムBACK NUMBER
傑物クロップは「大統領にもなれる」。
その言動がフットボールを輝かせる。
posted2018/06/01 10:45
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
Getty Images
「ミスター・クロップ、信じられないほど見事なシーズンでした。ありがとうございます。それはまさに英雄の叙事詩(エピック)のように壮大なものでした。あなたは真のロックンローラーだ。おそらく、古き良き時代のロマンティックなフットボールを思い起こさせてくれる最後の監督です。私のこの意見には、世界中の多くのファンやジャーナリストが同意することでしょう」
ウクライナ人はラブリーだ。チャンピオンズリーグ決勝後の記者会見で、僕の右隣に座っていた地元の若い男性レポーターはずっとジリジリしていた。洒落た眼鏡をかけた青年はリバプールの監督にどうしても感謝を伝えたくて、長いあいだ時々小刻みに震えながら手を上げ続け、発言の許可を得ると立ち上がり、ちょっと大げさに聞こえるそんなスピーチをした。
「帰路はとても嫌なものになるだろうが」
その後に、今度はこちらもたまたま僕の左隣にいた地元の女性記者が、こう言った。
「先ほどの同胞の記者に同意します。あなたはファンタスティックな監督で、フットボールをより良いものにしてくれた。私はあなたの記者会見が大好きです。ここからが質問です。今のあなたの気持ちはいかがですか? ファインとかそういった答えが返ってくるような意味ではなく……」
チャーミングな笑顔を浮かべたボブカットの女性に甲高い声でそう問われると、ユルゲン・クロップ監督は途中で遮るように、「まったくファインではない」と言って数人の笑いを誘った。
「完全に逆の気分だ。ただプロフェッショナルに徹しようとしているだけだ。とても難しいけどね。でも私は来月に51歳になるし、これまでに何度も敗北を経験しているので、対処の仕方を知っている。でも今は本当にひどい気分だ。帰路はとても嫌なものになるだろう。それでも今はこれを受け入れるしかない。我々はすべてを出し切り、失ったものは何もない。準備もやりきったが、それでも足りなかったということだ」