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鈴木啓太が語る代表デビュー戦秘話

posted2018/05/25 10:00

 
鈴木啓太が語る代表デビュー戦秘話<Number Web> photograph by AFLO

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鈴木啓太

鈴木啓太Keita Suzuki

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キリンチャレンジカップ2006(東京 国立競技場)

日本 2-0 トリニダード・トバゴ

 僕にとってのA代表デビュー戦は、2006年8月、キリンチャンジカップのトリニダード・トバゴ戦でした。イビチャ・オシムさんが日本代表の監督に就任して、最初の試合です。

 A代表のピッチに立つことは、はっきりとした目標として持っていました。

 アテネ五輪のアジア予選を戦っていた時、監督だった山本昌邦さんがいつも言っていたんです。「アテネ経由、ドイツ行き」と。ただ、そうは言っても僕らの上には「黄金世代」と呼ばれた先輩たちがいて、正直なところ、僕自身の感覚では簡単にそこに入っていけるとは思いませんでした。

 そうそう、オシムさん、最初の代表メンバー発表で13人しか名前を呼ばなかったんですよね。あの時は確か「13人でも試合はできる」と言っていて、正直、「この人は何を言ってるんだ!?」と思いました。黄金世代の選手たちもほとんど入っていなかったし、メンバーも大幅に変わっていて、とにかく驚いたことを覚えています。

「どうしよう!」と「ついに来た!」。

 ただ、その翌日にはさらに驚かされました。浦和レッズの強化担当から電話がかかってきて、「お前、明日から代表のキャンプだから」と。「おめでとう」と言われてもワケがわからず、本当に「は?」という感じ。オフだったから予定も入れていたし、何も準備してなかったからアタフタしちゃって。

 浦和レッズでのプレーには、僕なりに自信を持っていました。でも、代表に関しては「まさか」としか思えなかった。上の世代と比較してもまだまだだと思っていたし、僕よりすごい選手はいくらでもいましたから。

 両親に報告? もちろん。「選ばれちゃったんだけど、どうしよう!」と(笑)。

 僕の場合、アテネ五輪本大会の最終メンバーに入れなかったので、両親にはもう一度、日の丸を身につけてピッチに立つ姿を見せたいと思っていたんです。そういう思いを持てていたからこそ、僕自身、アテネ五輪の経験もポジティブに捉えていた。だから、両親には「どうしよう!」なんて言いつつ、心の中ではワクワクしていました。「ついに来た!」と。

【次ページ】 オシムさんの意図はすぐ想像できた。

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