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星野仙一、落合博満、アライバ。
荒木雅博と中日と2000安打の軌跡。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2018/03/04 17:00
自信家が多いプロ野球界において、荒木のような存在は異質かつ、人々の心を打つ。
「このままブレーキを踏まなかったら」
世に出た荒木を表現する言葉は井端弘和との「アライバ・コンビ」だった。堅さと速さ、しつこさと巧さ。世間から見れば2人を形容する言葉はそっくり同じかもしれない。ただ、荒木からすれば、井端は自分とはまったく別の選手だったという。
「俺はずっと、あの人と同じことはできないと思っていた。天性のものがあったし、バッティングも守備も自分とは持っているものが全然、違っていた」
だから落合の信頼も、周りの期待も重圧でさえあった。自宅から車で10分のスタジアムまでの道程。ハンドルを握りながら突然、衝動が襲ってくる。
「球場に行くのが怖くて仕方なかった。このままブレーキを踏まなかったら、楽になれるかなって……」
落合から励まされても、悩み続ける。
ある試合の後、荒木はホテルで独り、箸を運んでいた。他の選手は繁華街に繰り出しており、食堂はがらんとしていた。ちょうど落合も食事をしていた。
「お前、一人か。こっちで食え」
恐る恐る荒木が卓を移動すると、落合はこんな話をしたという。
「他の誰でもない。この俺が認めてるんだぞ。もっと自信を持て。ぽっと出みたいな立ち居振る舞いはするな」
ただ、荒木はその言葉を聞きながら、こう思ってしまうのだ。この人は俺を気持ち良く動かすために、あえてこういうことを言っているのではないか、と――。
「俺の打撃を褒めてくれる人なんているわけないと思っていたから。そういう言葉を鵜呑みにできたら、もっと突き抜けられたのかもしれないけどね……」
確信がないから悩み始めると底なしに落ちていく。シーズン中に打撃フォームが変わる。バットが変わる。深夜、突然閃いて知人の電話を鳴らす。
「俺、ようやくわかったよ!」
それは苦悩の叫びにも似ていた。そして朝が来ると、また迷いの中へと戻っていく。打つことにも、生きることにも。華麗なプレーの裏で揺れ動き、もがき続けた。