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山田直輝「自分が甘ちゃんだった」
浦和の愛に溺れた4年前と今は違う。 

text by

轡田哲朗

轡田哲朗Tetsuro Kutsuwada

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photograph byJ.LEAGUE PHOTOS

posted2018/01/13 08:00

山田直輝「自分が甘ちゃんだった」浦和の愛に溺れた4年前と今は違う。<Number Web> photograph by J.LEAGUE PHOTOS

山田直輝を語るのに、もはや「才能」という言葉では足りない。浦和のサポーターが目を丸くするシーンが早く見たいものだ。

山田も、浦和も、お互いを諦めなかった。

 浦和は、他クラブから主力級の選手たちを獲得できる立場だ。そこでポジションを争う選手たちが、自らライバルを育てる義務もない。

 しかし湘南でチームを引っ張る立場を与えられ、かつての自分の甘さを感じられるようになった。そして同時に、山田は湘南に対して強い感謝も感じている。

「湘南に行って1年半くらい経ったとき、なかなか自分のパフォーマンスが出せなくて、これだったら浦和に戻ることはないなと諦めかけたことがあって。出ていったときは1年で帰ってくるのが当たり前だと思っていたけど、2年目が終わった時に自分の7~8割のパフォーマンスが出せるようになった。このチームでもう1年やれば自分のフルのパフォーマンスにさせてもらえると思って、3年目を過ごさせてもらった」

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 山道強化本部長の言葉からも分かるように、浦和側もまた「山田を諦めなかった」。昨年には「3年のレンタル移籍というのは異例」という言葉を残したこともある。そこに、下部組織出身で特別な存在だからこそという側面があったのは事実だろう。

27歳、もうエクスキューズはない。

 ユース時代に指導を受けた堀孝史監督が率いるチームに戻る山田には、絶対に達成しなければいけないことがある。それはトップチームで国内の頂点に立つこと。その決意を、山田はこう語った。

「小学校からずっと浦和の地区でサッカーをして、浦和のジュニアユース、ユースで全国優勝しています。トップになってからも絶対にタイトルは獲れるだろうと思っていて、でも、ここまで獲れていない。僕の中で、そのタイトルをこの浦和レッズで獲りたいという気持ちは相当強いです。ユースでお世話になった堀監督が今の監督なので、その思いは更に増しています」

 27歳になった山田は、帰ってきて1年目だから、負傷明けだから、というエクスキューズが通用する年齢でも状況でもない。

 彼が出場機会を争うポジションには、10番を背負う柏木陽介や、日本代表に上り詰めた長澤和輝もいる。だが、彼らの後塵を拝すのが日常になるようでは、中心選手として浦和をタイトルへ導くのは夢物語だ。

 自身もクラブも諦めなかった未来を掴むため、甘さのあった自分に別れを告げた山田には、本当の意味でのプロサッカー選手として浦和で勝負する1年が待っている。

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