野球のぼせもんBACK NUMBER
ホークス日本一「陰のMVP」中村晃。
長距離砲への変身、本塁打後の涙。
posted2017/11/08 11:00
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph by
Hideki Sugiyama
横浜の澄んだ夜空に白球が舞い上がった。スタジアムの左翼席の一角を除いて、一瞬、しんと静まり返った。
日本シリーズ第5戦の1コマだ。
ホークスが日本一に王手をかけて臨んだ一戦は、4回裏にベイスターズの4番・筒香嘉智による逆転2ランが飛び出した。大歓声が轟くスタンド。しかし、直後の5回表、ホークスが再び試合をひっくり返す。
デスパイネの犠飛ですぐさま追いつき、なおも2死一塁。ここで中村晃はフルカウントから、石田健大の138キロを完ぺきにとらえた。
勝ち越しとなる今シリーズ第1号の2ラン本塁打が右翼席中段に飛び込んだ。
シリーズ、CSファイナルと最高の場面で打っていた。
だが、結局この試合はベイスターズが再度逆転して、決着は福岡へと持ち越された。そしてヤフオクドームでの第6戦でホークスが劇的延長サヨナラ勝利を決めて2年ぶりの日本一に輝いたのだった。
シリーズMVPはサファテ。ただ、もしあのまま第5戦で今年の日本シリーズが決していたならば、中村晃は有力なMVP候補だっただろう。
第2戦でも逆転2点タイムリーを放っており、これが決勝点となっていたからだ。
中村晃は、CSファイナルでも「陰のMVP」といえる存在だった。
賞を獲得したのは4戦連続本塁打の内川聖一だったが、中村晃も2本塁打を放っていた。しかも、いずれも最高の場面だった。
一発目はホークスの連敗で迎えたCSファイナル第3戦。同点の8回に劇的な決勝2ランを放った。ベースを一周する中村晃は、鬼の形相だった。ダグアウトに戻っても笑顔はない。逆にその後守備に就く時、涙が溢れ出ていた。
2戦目までに2安打していたが、肝心な場面で送りバントを失敗するなど精彩を欠いていたからだ。それまで3番を任されていた打順が、この日は7番になっていた。
「(連敗の)責任を感じていました。切り替えなきゃいけないと思っていたけど、難しくてずっと引きずりながら野球をやっていました。だから、どんなにいい場面での一発だったとはいえ、笑える状況じゃないと思っていました。だけど、チームのみんながすごく喜んでくれていたし、守備に向かう時の大歓声が本当にすごかった。僕には仲間がたくさんいるんだと改めて実感しました」