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ハリルホジッチは2度も得点王に!
栄光の1983年、ナントのイレブン達。
text by
ロベルト・ノタリアニRoberto Notarianni
photograph byL'Equipe
posted2017/08/17 08:00
1982-'83シーズン王者だったナントのイレブン。前列真ん中でボールを持っている選手が、エースストライカーにしてリーグアンの得点王でもあった、若き日のハリルホジッチ日本代表監督である。
自動車事故で早逝した者。ワイン業で成功した者。
●マキシム・ボッシ:CB、62歳、テレビ解説者
フランス代表76試合。FCナントには'73~'85年、'90~'91年に在籍し499試合に出場。ミシェル・プラティニらとともに'80年代フランス代表の全盛期を支えた彼は、引退後は様々な活動に手を染めた。サンティエンヌでの監督代行やフランスカップ組織委員会での仕事、「ラ・ポスト(フランス郵政公社)」のコンサルタント、「PMU(フランス場外馬券販売公社)」の親善大使などを歴任。3年前からbeINスポーツのテレビ解説者を務めている。
●セト・アドンコル:ボランチ、23歳で逝去
'75年に14歳でナントに入団し、'81~'84年にトップチームに在籍し113試合に出場した彼は、マルセル・デサイーの異母兄であり、デサイーの身近な憧れでもあった。FCナントの不動のボランチとして将来を嘱望されたが、'84年11月18日に自動車事故により、同乗のチームメイト、ジャンミシェル・ラベジョフとともに逝去。
●パトリス・リオ:CB、68歳
フランス代表17試合、FCナントでは'70~'84年に554試合に出場(33得点)。アンリ・ミシェル引退('82年)の後、若きマキシム・ボッシ(それまではサイドバックだった)とセンターバックコンビを組み、クラブ6度目(当時)のリーグ優勝に貢献した彼は、'12年までカナル・プリュスのテレビ解説者を務めた。その後はテンプル・ド・ブルターニュの自宅で悠々自適の生活を送っている。現ナント会長のワルデマール・キタとは今も親しい関係にある。
●ティエリー・テュソー:CB、59歳、ワイン商
フランス代表22試合、FCナントには'74~'83年に在籍し295試合(17得点)に出場した彼は、ミシェル・イダルゴ監督時代のフランス代表でも、守備のユーティリティプレイヤーとしてチームを陰で支える存在だった。引退後は一転してワイン業界に進み、ボルドー地域で手広くワインの売買を営んでいる。