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先発の未練を捨てセットアッパーに。
岩嵜翔が10年目で得た「ベスト」。
text by
田尻耕太郎Kotaro Tajiri
photograph byKyodo News
posted2017/06/21 11:00
150km前後のストレートと鋭く落ちるフォークが武器。市立船橋高では高3夏の甲子園に出場した経験を持つ。
セットアッパーで生きていく自信を得た試合。
「先発の楽しさも感じましたが、その後もまた中継ぎに戻って、今度は中3日で先発した試合もありました。楽しさ半分、意地半分でした」
セットアッパーで生きていく。
昨シーズン終盤にはその自信を得た登板があった。
1つの試合も落とせない状況が続いた9月19日のこと。その日の対戦相手はバファローズだった。延長11回から登板した岩嵜は、続く12回に1死満塁の大ピンチを招いてしまう。
打席には難敵のT-岡田を迎えた。威圧されたかのように腕が縮こまった岩嵜は、3ボール1ストライクとしてしまう。
「昔の自分ならば、あのままダメだったかもしれません」
ここからが見事だった。この局面で心を入れ直し右腕を振り抜く。直球勝負でカウントを整え、6、7球目も150キロ超でファウル。8球目、151キロにバットが空を切った。
「以前は目の前の結果ばかりを気にして小さくなっていた。今は自分のできることに集中して、攻めていって点を取られたら仕方ないと思って投げています」
結成した「チーム岩嵜」によって向上したもの。
ひ弱さを克服するため、厳しいトレーニングも自身に課している。通常、プロ野球選手の自主トレは年明けの1月に本格スタートするが、岩嵜は12月から山籠もりを行って走り込みなどに精を出す。'14年はチームが日本一になったことでハワイへの優勝旅行があったが、それを辞退してトレーニングの時間に充てたほどだ。
「12月から動いておけば、みんなに少しでも差をつけることが出来るかなという思いでやっています。あの時は自分の中で鍛える時期だったと思うし、そんなものです」
今季前には以前から契約している個人トレーナーに加えて、理学療法士や鍼灸師などにも帯同してもらい「チーム岩嵜」を結成して自主トレを実施した。
シーズンが始まった今も、トレーニングとケアの両面が自分の中のルーティンとなっている。チーム休日の月曜日に球場を訪れる日も珍しくなかった。