リオでは銅メダルを獲得するも不完全燃焼。

　その一方で、古傷の右ひざはもちろん、この頃から右肩に違和感を抱き、さらに右太ももにも軽い肉離れを起こしていた。

　満身創痍。

　それでも奥原は、患部のテーピングを指摘する記者に「大丈夫です」と笑顔で答え、コートに立ち続けた。メダルを懸けた準決勝では、持ち前の粘り強さを発揮できずストレート負け。それでも、彼女の口から言い訳は一切聞こえなかった。

「自分のプレーを出し切って、オリンピックの舞台を去りたかった」

　気持ちの整理はついていた。ただ、表彰台に立ち、「シングルス男女初のメダリスト」という栄誉を手にしてもなお、奥原の胸中は複雑だった。3位決定戦。対戦相手が負傷により棄権したことで、彼女は戦うことなく銅メダルを獲得した。

　自分は胸を張れるのかな？　奥原が心情を吐露する。

「自分が納得しないままオリンピックが終わってしまって。もちろん、メダルを獲る、獲らないでは大きな差なんですけど、結局、最後の試合では負けたわけだし……。最初は素直に喜べない……なんだろう？　メダルを獲ったことで燃え尽きたと感じてしまったら、『成長が止まってしまうんじゃないか？』っていう怖さとか、いろんな気持ちでした」

銅メダルへの賞賛と負けを許さない厳しい目。

　揺れ動く感情とは裏腹に、銅メダルを手に凱旋すると、奥原は周りから最大限の賛辞を贈られた。

　でも私、試合をしていないんで……。そんな本音すら「控えめだ」と褒められる。もちろん、親しい人間からの「メダリストなんだから胸を張っていいんだよ」「オリンピックまでの過程が大事なんだ」といった声にも励まされた。

　五輪前と五輪後。

　たった数週間で周りの奥原に対する見方が激変しても、「マイナスの意味で変わったとは思わないんです」と、自分を取り巻く環境を受け入れた。

　周囲は、メダリスト本人以上に日本国民であることを誇りに思い、「メダル獲得」という歓喜の余韻に浸りたいものである。

　同時に、彼らは「勝って当たり前」と信じ込んでしまう。苦しい道を選び続けた末にたどり着いた五輪の表彰台。そして奥原は、メダリストであるが故の苦しみを経験する。

【次ページ】　メダリストのプライドが欠場を許さなかった。