野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
「あきらめない男」古木克明が、
ついに辿りついた野球人生の境地。
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byHidenobu Murase
posted2013/11/07 10:31
JR阿佐ケ谷駅前でポーズをとる古木。1カ月以上もプレーしていないとは思えないほどの、黒く精悍な身体つきだ。
一生、野球と生きていきたい。それだけが確かな夢です。
10月。
古木はJFAが主催する「夢の教室」に夢先生として登壇。和歌山県田辺市の小学生を相手に「夢を大切に」という授業を行った。現役時代にインタビューで、まったく言葉が出て来ず、編集者の顔面を蒼白にさせた当時の古木はそこにはいない。立派になったものだ。
「授業の内容は、夢を持つことの大切さを教えるということだったんですけど……あの授業は僕の方が教えられましたよ。経験を人に伝えるということは僕自身の人生を振り返ることですからね。これまでを振り返って、改めて自分の思いを確認できた気がします。
子供たちには、『夢を持ちましょう』と言いました。でも、夢を追うと、その最中で浮き沈みがある。特に絶頂期から沈んだ時は辛いですよ。僕はプロ野球が終わった時、格闘技を辞めた時、いろんなことがあった。でも、心の面はむしろ落ちてからの方が成長したと思えます。
落ち目の時は大変だけど学ぶチャンスでもある。そこでどれだけ頑張れるかですよ。負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、僕自身、いろいろあったけど、これまでの自分の選択に後悔はありません。格闘技に進んだことも、野球界の人には『あれがなければ、戻れているのにバカだな』って何度も言われましたけど、そうは思わない。プロ野球だけが人生じゃない。格闘技に行ったからこそ、人間としての精神的な強さも養えたし、いろんなことに気が付くことができた。NPBを目指して浪人したことも、ハワイに行ったこともそう。無駄なものなんて何もなかったんです。だから、僕は子供たちに胸を張って言えました。『夢を持ちましょう』って。
僕はこれからも夢を持って生きていきます。何をするかはなんとなく考えてはいますが、まだわかりません。来年もどこかでプレーしているかもしれないし、していないかもしれない。プレイヤーを諦めたわけじゃないですよ。ただ、人に頼らず、ゼロからでも自分の力で立ちたい。何かにチャレンジしていくことは変わりがない。そして携わり方が変わろうとも、一生、野球と生きていきたい。それだけが確かな夢です」
この物語に【完】はまだつけられない。
古木は「引退」という言葉は最後まで頑なに口にすることはなかった。
「トライアウトも参加しない予定でしたけど、今年でひとつの区切りをつけるなら、2次だけは受けようかなという気持ちが最近になって湧いてきました。辞めるわけじゃないですよ。次のステップへの句読点というか……第1部完みたいな感じです。でも、もしかしたら第2部の冒頭ではプロ野球選手に復帰しているかもしれないですけど(笑)」
この感じ。モヤモヤ。最後の最後まで古木は古木だった。
絶好調の相手投手が完封ペースで飛ばしていても、敵打者が凡フライを打ち上げゲームセットだと思っていても、そこに彼がいる限り、最後の「アウト」の宣告があるまでは、完全に「引退しました」というまでは、何が起こるかわからない。
そんな野球の醍醐味であり、転がり続ける人生の妙味なんてものを、これからも意図せずに体現してくれるに違いない。それがスターという星にいつまでも中途半端につきまとわれてしまう、古木克明のサガなのだから。
【完】
……がつけられない物語が、この後、つづいていくかどうかは筆者もまだわからない。