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<村上春樹ランを語る ライナーノーツ> 「限りなく蛇足に近いインタビュー後記」
text by
柳橋閑Kan Yanagibashi
photograph byNanae Suzuki
posted2011/05/31 06:00
現役のランナー、トライアスリートらしい“臨場感”。
その後の取材をめぐる思い出話やエピソードについては語り出すときりがないので省くが(もしよかったら『シドニー!』を読んでみてください)、旅をしながらの会話は、とても楽しかった。だいたいは何気ない雑談や軽口である。気難しい作家なんじゃないかと思っている人もいるかもしれないが、普段の春樹さんはよく冗談を言う。冗談を言いながら自分もくすくす笑う。『村上朝日堂』などのおもしろ系エッセイを思い浮かべてもらうと分かりやすいと思う。普段の春樹さんはモノをよくなくす以外は、きわめて普通の人なのだ。
シドニーで同行取材をさせてもらったことは、僕にとってあらゆる意味で掛け替えのない経験となった。その後1年ほどして僕はフリーランスになったのだが、たとえばトラベル・ライティングにおいて、街の歩き方、メモの取り方、ものの見方など“村上春樹ウェイ”とでもいうべき手法を間近で見られたことは、直接的な糧となっている(実際に書いている文章のレベルはさておき……)。
回想が長くなってしまった。話を今回のインタビューに戻そう。
ほどなくしてスタジオに入ってきた春樹さんは、無精髭こそ生やしているが、以前とほとんど変わらない印象だった。60歳を越えて髪にやや白いものが交じってきたが、やはり驚くほど若い。浅黒く焼けた肌と、トレーニングで鍛えられたがっちりとした体躯は、現役のランナー、トライアスリートらしい“臨場感”を漂わせている。初対面のスタッフには視線をちょっとはずして、はにかむように話す雰囲気も変わらない。
インタビューは、休憩を挟みながら3時間にわたって行なわれた。
インタビューは、柔らかな光の射す二階の一室で、1時間ごとに休憩を挟みながら3時間にわたって行なわれた。ときにパンをかじり、コーヒーをすすり(春樹さんはいつもとてもおいしそうにコーヒーを飲む)、ときに考え込み、ちょくちょく冗談を交えながら、どんな質問にもリラックスして率直に答えてくれた。別室で待機していた編集部のTデスクは、あまりにも笑い声が頻繁に聞こえてくるので、意外に思っていたそうだ。
詳しい内容については、Number Do本誌をぜひ読んでいただきたい。
語られる言葉はどこまでも深く、メッセージはきわめてポジティブなものだった。過去のインタビューで繰り返し語っている「創作と走ることの関係」についても、新たな視点から詳細に語り直してくれた。春樹さんのエッセイやインタビューをかなり網羅的に読んでいる人にとっても、新しい発見があると思う。
僕個人にとっても、走ること、文章を書くことについてあらためて深く考えさせられる濃密なセッションとなった。頭の中の今まで使っていなかった筋肉が文字通りむずむずと動き出してくるような刺激を受けた。僕のようなぺーぺーの物書きにとって、「村上春樹」はジェダイ・マスターのような存在だ。その思慮深さはヨーダのようであり、文章表現の切れ味はアナキン・スカイウォーカーのようだ。もちろんフォースを使って戦うわけではなく、あくまでインタビューなのだが、3時間対峙した後には、精魂尽き果ててぐったりとなっていた。